【4】 BACK | INDEX | NEXT |
あの部屋にある書物は、魔王と戦ってきた歴史だとか、魔王についてとか、魔物図鑑だとかがあった。 魔王を封じ込めるための魔術に関する書物もあり、パラパラっとめくって見ただけだけど、その魔術に関する書物の最初の方は日記のようになっていて、最後のページにその魔術の構造の図式が書いてあった。 これならば、確かに魔王が復活するまでに習得するのも可能かもしれない。 内容をじっくりと読む事はまだせずに、本を閉じて棚へと仕舞った。 一通り地下にある書物の説明を聞いた後、術に関する勉強は明日ということになって雷焔にお城の中を案内してもらう事に。 今の重たくなる気持ちが少しでも気分転換出来たらいいのだけど。 「ねぇ、雷焔。私に教えてくれるってことは雷焔は既にあの術をマスターしてるの?」 「あぁ、まぁ図式通りに組み立てることはできたな」 図書室から出てまた長い廊下を歩いている途中、気になったことを聞いてみる。 秘密、とは言え暈して聞いているから問題はない筈。 雷焔も直接的な言い方ではないから気にしていないのか、軽く頷いて歩きながら手のひらを上に向けて私に見せた。 手のひらを覗き込むようにすると、雷焔の手がほんのり光って、手のひらの中心に白く光る球体のようなものが出来上がった。 「…これが、封印する術…?でも何か、ただ暖かいだけで特に効力はなさそうなんだけど…」 「まぁ、そういうことだ。術を組み立てることが出来ても、俺じゃ駄目だってことだろ」 雷焔が術を操れるなら私は要らないよね〜……とか思ったのに、甘かったか…。 私の考えが分かったのか、雷焔は出来上がった術を散らすと、笑いながら肩をポンポンと叩いた。 「うっわ〜…凄い、きれい〜〜」 お城の中を沢山歩き回って、雷焔が最後に連れて来てくれたのは、最初に降り立った中庭だった。 最初に来た時は人に囲まれて、直ぐに王様のところに連れて行かれたから中庭をじっくり見る余裕も無かった。 中庭には沢山の木々や色とりどりの花があって、中央に噴水が水しぶきを上げている。 「ね、ね。もう後は部屋に連れて行って貰うだけなんでしょ?ちょっとここで休憩してもいい?」 「あぁ、別に構わないぜ」 雷焔の許しが出たから、木の下にある白いベンチの上に腰を下ろすと、隣に雷焔も座る。僅かに触れる肩にちょっとだけドキドキしながら雷焔の顔を見上げた。 「ねぇ、雷焔は何で王宮魔導士になろうと思ったの?どっちかって言うと、ギルドに登録して荒稼ぎしてそうなイメージなんだけど?」 「…フィーア、どんなイメージ抱いているんだよ。まぁ、あながち間違いではないがな。…デュークが王位に就いたから。それだけだ。あいつになら仕えてもいいと昔に思ったことがあったからな」 「ふぅん…雷焔と王様は昔からの知り合いなんだね」 「あぁ。学校が同じだったんだ。フィーアは?元の場所では何をしていたんだ?」 「私?私はね、魔術学園に通ってたよ。…私のおばあちゃんが凄い魔導士でね、小さい頃から憧れてたの。おばあちゃんみたいな魔導士になるんだって」 私は足を軽くぶらつかせながら空を仰いだ。 木の葉っぱの隙間から柔らかな光が漏れてきて凄く気持ちいい。 「そっか。頑張れな」 雷焔が小さく笑って、私の頭を優しく撫でた。 うー…嬉しいけど、何か子ども扱いされてるよね?私。 妹…って感覚なのかなぁ…? ちょっと不貞腐れてしまったものの、髪を撫でる手が気持ちよくて、ゆっくりと瞳を閉じた時、男の人の声が聞こえてきた。 も〜〜凄く良い雰囲気だったんだからじゃまするなっての〜〜! 閉じかけた瞼をそっと開けるとうっすらと頭の禿げたおじさんが立っていた。 「これは雷焔殿。久しぶりだな」 「ベルナール様。お久しぶりです」 にっこりと笑みを向けて丁寧な言葉で話す雷焔。偉い人なのかなぁ…? …でも良く雷焔を観察してみると、笑ってるのは口だけで目は笑ってない。こ、怖! 「ほぅ…こちらが例の少女…ですかな」 「えぇ。フィーアと言います。フィーア、こちらは宰相のベルナール様だ」 「あ、フィーアです。初めまして」 慌てて立ち上がって頭を下げた。 頭を上げると宰相と目が合って、ふ、と鼻で笑われた。 なっ…何?この人…・まるで私を値踏みするような目で見て…凄い、気分悪い。 「フ…ン……こんな小娘に何が出来ると言うのだろうね…魔王が復活するから伝説の少女が現れるのか、伝説の少女が現れるから魔王が復活するのか…実際のところは分かったもんじゃないね……」 「あ…あの…独り言?…全部、聞こえてますけどォ…」 「おや、聞こえてしまったかね。それは失礼した」 こ、このオヤジ…絶対わざとだ…。 言いたいことだけ言うと、宰相さんは踵を返して歩き出した。 「せいぜい、国の為に微力を尽くすことだね」 振り向きもせずに言ったその言葉が聞こえてきた時、頭の中で何かが切れた音がした。 「ちょっと待て!この薄ら禿オヤジ〜〜〜〜!!!!」 「なっ!」 「ブッ!」 私の言葉に禿オヤジは(もうあんなやつこの呼び名で十分だ!)真っ赤な顔して振り返って、雷焔は私の横で噴出した。 「さっきから黙って聞いてれば好き勝手言って!伝説の少女が先か、魔王が先かですって?私だって好きでこの世界に来た訳じゃないし、どっちが先だろうが魔王が復活することに変わりないじゃない!魔王が復活して、その小娘が微力を尽くして戦っている間、あんたは布団に潜ってガタガタ震えながら神に祈ってるがいいわ!」 一気に言い切ると、踵を返して禿オヤジとは逆の方向へと歩き出した。 部屋に行く道なんて知らない。でもあの禿オヤジの傍で空気なんて吸っていたくなかった。 「では、ベルナール様。私は失礼します」 後ろの方で雷焔の爽やかそうな声がして、足音が近づいてくる。 「フィーア、待てよ」 雷焔が小走りで寄って来て、私の隣へと来た。 「いや、さっきのはマジ傑作だわ。あいつ向かって禿って言ったのフィーアが初めてだぞ?」 中庭の奥のほうの木々に囲まれて誰にも見えないようなところまで来ると、立ち止まって雷焔を振り返った。 「何で、雷焔は何も言い返してくれなかったの?」 「いや、言おうと思ったら先にフィーアが切れた」 「う〜〜〜…だって…凄い悔しかったんだもん。あんなこと言うなんて酷いよ」 雷焔が優しく頭を撫でてくれて、抑えていた熱いものが瞳から溢れてきた。 後から後から溢れ出てくる涙を、雷焔はそっと拭ってくれている。 「フィーア、魔王を倒して禿宰相に一泡ふかせてやろうな?」 「ぅん」 「いい子だ」 コックリ頷くと頬にチュっとキスをされた。 びっくりしてあれだけ止まらなかった涙も一瞬にして止まった。 「さ、中庭探索はこれくらいにしてフィーアの部屋へ行こうぜ?」 「う、うん」 頬へのキスは私の勘違いだったんじゃないかと思うほど、雷焔は普通で。 促されて城の中へと戻って行った。 「此処がフィーアの部屋だ。好きに使っていいぞ」 お城の結構奥の方にある居住区。此処は使用人とかが生活している空間で、王族はもっと奥…と言うか、お城の中心部で生活しているらしい。 お城って広すぎ…私、迷わずに此処に戻って来れるのかな…?? 「う…わぁ…」 扉を開けて部屋を覗くと、まず目に入ったのは天蓋つきのベッド。 思わず感嘆の声を上げてしまう。跳ねんばかりに身体を弾ませて、キラキラとした瞳で雷焔を仰ぎ見る。 「凄い、雷焔!天蓋付だよぉ〜〜」 「あぁ、気に入ったか?」 「うん、凄く素敵!他の人の部屋もこんなベッドなの?」 「いや、俺の部屋は勿論だが、他の使用人達も普通のシングルベッドだ」 「ぅえっ?!何で?私だけ特別なの??」 「そりゃ、まぁ。フィーアは大切なお客様だからな。それなりのもてなしはするさ」 「ん〜〜〜。私にそんなに気を使わなくてもいいのに。王様に言っておいて?特別扱いしないで下さいって」 「ま、フィーアがそうして欲しいなら言っておくけどな。…じゃ、早速このベッドは取り替えるか…」 えっ!天蓋付ベッド持ってっちゃうの?! 「雷焔〜〜このベッドだけは持ってかないで〜〜一度でイイからこんなベッドで寝てみたかったの〜」 慌てて雷焔の服のすそを掴んで静止する。 ククって喉を鳴らすのが聞こえて、雷焔の顔を見ると、楽しそうに口元を歪ませていた。 「あ〜〜!雷焔、からかったのね!」 プゥっと頬を膨らませて掴んでいた服を離した。 「悪かったって。ちょーっと、フィーアで遊んだだけだろ?」 「知らない!」 頬を膨らましたまま、雷焔から顔を背けて部屋の中へと入った。 取りあえず、一番最初にやることと言ったら、部屋の中を一通り見る事でしょ。 壁際にあるドレッサーはアンティーク調で…と言っても、この時代じゃこれが普通なんだろうけど…凄く可愛い。 鏡の前には化粧品とか、櫛とか身だしなみに気を使う女の子には嬉しいものが沢山揃ってる。 ベッドとは反対側にある扉を開けてみると、部屋があるのかと思いきや、ウォークインクローゼットになっていて、可愛いのからセクシーなもの、動きやすいものからドレスまで様々な服が並んでいた。 部屋にはもう一つ扉があって、開けてみるとそこはバスルームだった。 二人はゆうに入れる広さで、足を伸ばして入っても大丈夫な位。 本当に至れり尽せりの状態。 特別扱いしないでって言ったけど、嬉しくないわけがない。 嬉しさで舞い上がりそうだけど、その反面、本当に私がこんな部屋に住んでいいのかとも思う。 だって、昨日までは本当に普通の女の子だったんだから。 でも、それでも…嬉しいのは正直な気持ちで。 「凄い!私、お姫様になったみたい〜〜」 一通り見終えるのを見守ってくれていて、溢れんばかりの笑顔で言うと、雷焔も笑みを返してくれる。 「普通、使用人は大浴場を使うんだけどな。まぁ、今更部屋を変えるわけにもいかないからフィーアが嫌でもココしかないからな?好きに過ごしていいぞ。この部屋は特別扱いだが、誰かに見られる事ないから他の人に気を使う必要もないだろうからな」 「うん。もちろん、食事とかは皆と一緒の食堂でいいんだからね?…間違っても、王様と一緒…とかは止めてね?緊張して何も食べれないから」 「ま、ソレが賢明だろうな。…何かと、ココの女中達は煩いからな」 「ん?どういうこと?」 「さぁね。沢山の人間がいると、いろいろあるって事さ。あんまり、目立たない方が身のためかもな。表向きでは、俺の知り合いって事になってるから」 「あ、うん。分かった…気をつける」 「あぁ、そうしてくれ。くれぐれも、自分の体は大事にしろよ。じゃ、俺の部屋は隣だから、何かあったら呼んでくれ」 雷焔はそう言うと、優しく私の頭を撫でて部屋から出て行った。 気をつけるって…どうやって気をつけたら良いものやら。 ってか、雷焔と一緒に居るだけで目立っちゃうよねぇ…。 ……ってあれ?今、雷焔何て言って出て行った?? 確か、隣……? うわっうわっ!!嘘!嘘!! 雷焔の部屋が隣?!壁一枚挟んで寝泊りするなんて、めちゃくちゃ恥ずかしい! だって、寝言とかきっと筒抜けだよね?? ってか、それよりも、私が緊張しちゃうじゃないの〜〜〜〜。 これでも、花も恥らう乙女だよ? 雷焔が着替えてるところとか、入浴シーンとか想像しちゃうじゃないっ。 …って、この発想は違うっ! 「あ、言い忘れてたけどフィーア。……何やってる?」 頭抱えてジタバタしてると急に扉が開き、雷焔が顔を覗かせた。 「えっいや、あの…」 顔に体中の血液が集まっているのが分かる。 きっと、物凄く真っ赤になっていることだろう。 「ま、良いけど。勉強の方は明日からやるから、飯まで好きにしていいぞ。何処かに出かけても良いが、城の中からは出ないようにな。食堂はこの時間、お茶とかケーキとかあるから興味があったら行ってみれば?これを見せればタダだから」 そう言って、私に銀色の丸いものを放り投げると、再び出て行った。 再び部屋には私一人だけ。 受け取ったものを見てみると、燻し銀の懐中時計だった。 蓋の部分には剣に龍が巻きついているような形の、この国の紋章が刻まれていた。 「お茶…かぁ…気を落ち着かせるには良いかも」 取りあえず、服を着替えてから行くことにしよう。 目が覚めたら道に寝ころがっていたわけで。きっと背中は埃だらけだろう。 それに、何と言っても今着ている服は寝巻きよ寝巻き。 もう、これ以上この格好でお城の中を歩くなんて我慢できない。 そうと決まれば、行動あるのみ。 私はクローゼットの中の沢山の服の中に突っ込んで行った。 お城の中にある食べ物は、ケーキもご飯も美味しかった。 広いお風呂も大満足で、幸せ気分のままお布団に入って目を閉じた。 明日からは地獄のような特訓の日々が始まるなんて、知るよしもなく…。 |