【3】 BACK | INDEX | NEXT
服を変えることは泣く泣く諦めて、雷焔と一緒にお城の中枢へと向かう途中。
王都にすら来た事もないから、お城の中に足を踏み入れるなんてもちろん初めて。
ましてやこんな、お城の中心に来るなんてお城で働かない限りできることじゃない。
はぁ〜〜〜…なんて広いんだろう。さっき見えた部屋なんて私の家くらいあるんじゃない??
恥ずかしげもなく謁見の間までの廊下をきょろきょろと見ていると、私の様子に気づいたのか、前を歩いていた雷焔が振り返った。

「なんだ、フィーアは城に入るのは初めてか?」

…ら、雷焔てば背中に目でも付いてるのかしら…?察し良すぎ。
苦笑いを零したくなるのを堪えて小さく頷く。

「あ、うん。生まれてからずっとアクアリスを出たことがないもの。王都に来るのですら初体験だよ」

「そっか。じゃぁ、今度街を案内してやるよ。ちょっと見るぐらいなら暇があるだろうしな」

えっ!それって…雷焔が案内してくれるんだよね?もしかして、デート???

「うん!絶対に連れてってね」


思わず口元がにやけてしまったのは仕方のないことだと思う。うん。




結構歩いて、やっとお城の二階にある謁見の間の前へと来た。
こげ茶色の扉を睨むように見つめていると、ドアの両脇に立っている兵士さんが訝しげにこっちを見ているけどそんなの無視だ。
…このドアの向こうに、私の運命が待っているんだわ。
どうか、ジオルド王が王座に座っていますように…。

「どうぞ、お入りください。王がお待ちです」

謁見の間のぶ厚いチョコレートドアが私を見ていた兵士さんによって開けられた。
入り口から中の様子が伺え、入り口から続く赤い絨毯の先、広い部屋の一番奥に王様が座っているのが見える。
雷焔に促されて、一緒に赤い絨毯の上を歩いて王様の前まで来ると、跪いて頭を下げた。

「王。…雷焔、ただ今戻りました――――」

雷焔が王様に向かって報告みたいなことをしている。
でも、私には二人のやり取りを聞いている余裕なんて無くて。
跪いて頭を垂れているので誰にも顔を見られていないのをいい事に、赤い絨毯を映していた視界をそっと閉じた。
…あぁっ…もう、決定的だわ…。今、目の前に居るのはジオルド王ではなくて、教科書で見たデューク王、その人だもの…。
そっくりさん…なんて事ないよね。私一人騙す為にそこまでする必要ないし。

「フィーア、と言ったな…」

「は、はいっ」

王様に声を掛けられて慌てて返事をすると、閉じていた瞳を開けて顔を上げる。
此処に来てから初めてデューク王の顔をじっくりと見た。
…ん〜。デューク王も凄い男前だわ。先王が早くに亡くなったから、25歳の若さにしてもう王の座に就いたはず。今は何歳くらいなんだろう。見た目は結構若く見えるから、もしかしたら玉座に就いてからそれほど経っていないのかもしれない。
雷焔はちょっとやんちゃ坊主みたいで、それでいて大人の表情も見せて…つかみ所のない感じの人。
デューク王はワイルド系で、頼れるお兄さんって感じかもしれない。
まぁ…王様が頼りない感じだったら、民衆を率いる事もできないだろうけどね…。
人はパニック状態とかって度を超すと妙に冷静になるって何かの本で読んだことがある。私の脳も妙に冷静になっちゃって、デューク王の観察までする余裕まで出てきちゃってるし。

「突然、このような事になって驚いているであろうな。詳しい話をしたいのだが、私について来てもらえるかな」

「あっ、はい。分かりました」

「雷焔も一緒についてきなさい」

「は。畏まりました」

何なんだろう、この時代の人は。雷焔といい、デューク王といい展開が早すぎやしませんか??
ここに来て、ほとんど話してないんですけど??
詳しい話も何も、まずはざっと大まかな事話すのが筋だと思うんだけどなぁ……。
私の思っている事など王様に言うなんて出来るわけもなく。
王座の後ろにある扉をくぐっている王様とそれに付いて行く雷焔を慌てて追いかけた。


――――もう、どうにでもなれっ!!


既に投げやりな気持ちになっているのでありました。




前を歩く王様の後に続いて、遅れないように必死についていく。二人とも無言で、なんだか気まずい感じがするのは私だけでしょうか。
何で何も話さないんだろう?こう、もう少し会話してもいいと思わない?
二人の背中が拒否しているようで、私も口を開くことができなくて、ただその後ろをついて行くしかなかった。

長い廊下の角を幾つも曲がった先、ひとつの扉の前で立ち止まると、王様が振り向いて漸く口を開いた。

「この部屋で見てもらいたいものがある。話はその後にしよう」

「はい」

コクリと頷いて、促されるままにその部屋へと足を踏み入れる。
その部屋は図書室のようだった。部屋の奥に進みながら本棚を眺めてみた。
魔導に関する本から料理の本までいろいろとあるみたい。
中には読めない文字の本もチラホラと。
さらにその奥、立ち入り禁止の札のかかった扉の前で立ち止まった。
王様が扉に手をかざして何かの呪文を唱えると、扉の鍵が開いた音がした。

「ここから地下に降りるから、足元には十分気を付けて」

「はい。分かりました」

ここからまだ歩くんだ…あの扉の前では『この部屋で見てもらいたいものが』とか何とか言ってたのに…。
扉の向こうは下に向かって続いている暗い階段で、雷焔が魔法で光の玉を出して階段を照らしてくれているけど、私は物凄い不安に襲われた。
何でだか分からないけど、背筋を嫌なものが走り抜けた感じ。
思わず前を歩く雷焔の服の裾を握ったら、それに気づいたのか手を差し伸べてくれた。

「あ、ありがと…」

ちょっとだけ笑って、雷焔の手を握る。
私の手が冷たいからなのか、雷焔の手は暖かくて不安な気持ちが薄れて行くような気がした。
手を引かれたまま階段を降りきると、今度は先の見えない通路が現れた。

「あのぅ…一体どこまで行くんですか…?」

長い間歩かされて、別の意味で不安感が増してきた。もしかしたら、こんな暗い地下に閉じ込められるんじゃないだろうか。とかいろいろな悪い事が頭をよぎる。

「あぁ、もうすぐ着く。すまないな。長いこと歩かせてしまって」

「いえ、大丈夫です。王様」

笑顔を作って首を振るが、階段を降りてから大分歩いてきているし、ちょっと疲れた。
それにこの通路は迷路になっているみたい。もしここで雷焔に手を離されて、二人に走られたらきっと、私死ぬまでここに居ることになるんだろうな。
そんなこと考えたら背筋を悪寒が走って、身体がブルって震えた。

「どうした、フィーア。寒いのか?」

「ううん、平気。歩いてるから暖かいよ」

雷焔、謁見の間から初めて話したんじゃない?
雷焔の声聞いただけで何だか安心してしまうなんて、私ってば物凄く単純。
…でも、やばい状況にどんどん向かって行ってる。
雷焔の声に、握ってくれている手の温もりに、安心して、落ち着いて、それでいてドキドキして。
教科書で一目惚れした時とは全然違う。
決して叶う事のない、例え叶ったとしても最後には離れなければならない、辛い恋になるって分かってる。
だって、私は本当ならここに居るべき存在じゃないから。
私の髪を見て嫌悪したり、怖がったりしないで普通に接してくれる。それだけで十分でしょう…?
そうやって自分に言い聞かせてみるけど、切ないような気持ちは薄れたりしなかった。
手が届くところにいるというのもいけないのよ。雷焔が幻滅するような事をしてくれたらいい。そうすれば、いつか来る別れの日も辛くないはずだから。



やっと長い迷路を抜けて、扉の前まで来た。
また特別な呪文で扉の鍵を王様が開けて、部屋の中へと入る。
後に続いて中に入ると、部屋の中をグルっと見回してみた。何も無い部屋。窓も、装飾品も無くて、ただ石の壁で囲まれた暗い部屋。
部屋の隅には本棚があって、いくつかの書籍が置かれている。その隣に、一人用の椅子とテーブル。
それ以外には物というものがなく、奥へと続く扉が一つ、あるだけ。
王様がその扉を開けて中に入って行き、慌ててそれを追いかける。
雷焔は扉の傍に立って私たちを見ているだけで部屋の中に入ることはしなかった。
そこまで広い部屋でもないし、三人も入ったら圧迫感を感じるのは間違いないけれど。
入った部屋の中央には魔方陣が描かれていて、その中心から1メートルほどの空中に黒い光を仄かに放っているオーブが浮いていた。

「フィーア、悪かったね。こんなところまで連れてきて。これから話す事は我が国の極秘事項。この城に働く者といえど聞かせる訳にはいかないのだよ。この部屋は雷焔が結界を張ってくれているから誰にも聞かれる事はない。…近くに来てこれを見てもらえるかい?」

オーブの側に居る王様が手招きする。
極秘事項。その言葉に思わず唾を飲み込んだ。
意を決して近寄ってみるとオーブから何か、波動のようなものが出ていて辺りの空気を振動しているようだった。その波動は、何だか怒っているような、悲しんでいるような…いろんなものがごちゃ混ぜになっているような感じだった。

「王様、このオーブは何ですか??何だか、周りの空気が震えてる感じですけど…」

「…そうか、フィーアにはそれが分かるのか」

何やら王様は一人納得した感じで、それでいてちょっと考え込んでいるみたい。
振り返って雷焔を見ると、入り口の扉に寄りかかって無言のまま私を見ていた。

「フィーア、このオーブは魔王の魂を永い間閉じ込めているんだよ。ここを見てみなさい」

魔王の魂を閉じ込めてる?何だか昔話の世界ね。…って、ここも昔の世界なんだもんね。王様が指しているところを見てみると、ちょっとだけオーブに傷がある。

「えーっと…傷がありますね。」

見たままを言うと、王様は大きく頷いた。

「この傷は数日前に発見したのだが、傷が日に日に大きくなっているのだ。後数ヶ月もすれば、このオーブは砕け散り魔王の魂は解き放たれるだろう」

えっと…このオーブの中に魔王の魂が入っていて、オーブが割れたら魂が出て行っちゃうというわけね…まぁ、割れたら解放されるに決まってるわよねぇ…あれ?

「それで、私がそれとどういう関係があるというのですか?」

「『魔王の魂が解き放たれ、混沌の闇が世界に広がるとき、黒髪の少女現れ世界を救うであろう』…これが、我が王宮に伝わる伝説だ」

「その、伝説の少女というのが私だと言うのですか?他にも探せば黒髪の少女なんているかも知れないじゃないですか。私、魔導士としても勉強中の見習いなのに世界を救うなんて…そんなの、無理に決まってるじゃないですか」

ヒステリックに叫んでしまいたいけど、王様の手前それも出来ない。ギュっと拳を握って、出来るだけ心を落ち着かせる。
伝説の少女ですって?世界を救う?回復魔法しか使えない私に、そんな大それたこと出来る訳がないじゃない!
……落ち着いているのは見た目上の問題だけで、心は全く落ち着いてなどくれなかった。

「いや、伝説の少女はフィーア、君だと私は思っているよ。このオーブから放たれている波動は、雷焔ほどの魔導士ですら神経をこのオーブに集中させないと分からないほど微かなものだ。…それを君はすぐに感じ取った。それが伝説の少女だという何よりの証拠だよ」

王様の真剣な眼差しに、反論することが出来ず、空気を飲むように喉を上下させる。
緊張しているのか、口の中は乾いていてカラカラだ。

「そっ…それで…私は、そのオーブを修復すればいいって訳…ですか?」

「いや…残念ながらそれは出来ない。このオーブは魔術によって構成されている。これを構成した術士のみしか修復することが出来ないのだ。…我々に与えられた選択はただ一つ。魔王が復活するのを待って、もう一度封印することだけだ。あとどれくらいで魔王が復活するのかは予想もつかないが、フィーアにはそれまでの間、雷焔の元で魔王を封印するための術を習得してほしい」

な…なんか、気の遠くなる話…もしも復活する前に習得できなかったらどうするつもりなんだろう?
…やっぱ…私の責任になるのかなぁ…。
うぇぇぇ…そんな重大なこと、私の身ひとつに掛かってるのォ?!元の時代に戻りたい〜〜!!
夢だったらそろそろ目覚めて欲しいよぅ…。

「ま、そういうことだから。ビシビシ鍛えてやるから楽しみにしておけ?」

雷焔てば、そんな事言ってニヤリって笑った!
あれは絶対、楽しんでる顔だよォ〜〜〜。雷焔にとっては、世界の危機も私の不幸もどうってことのないものなんだぁ…。

「…がんばりまぁす…」

がっくりと肩を落として弱弱しく返事をする。
だって、どんなに騒いだってしょうがないもん。元に戻る方法分からないし、お金とか違うだろうしこの髪の色じゃ何処に逃げても目立つ。どうやっても逃げ出すことも、逃げ出したとしても一人で生活していくこともできない。運命だと思ってあきらめるのが一番…だよね。だよね?
二人に気づかれないようにこっそりと、でも盛大に溜息をついた。

「あぁ、フィーア。先程も言ったが、この事は極秘事項だから誰にも話さないように。一応、宰相とか上の方は知ってるけどね。私は仕事があるから先に戻っているよ。何か困った事があったら雷焔を頼るといい。私のところに来てくれても構わないが、仕事があるのであまり時間を取れないと思うからね」

「はい。ありがとうございます。」

「雷焔、そういうことだから後はよろしく。城の中を案内した後、用意したフィーアの部屋まで連れて行ってくれ。まずは、ここにある書物の事を教えてあげてくれ」

そう言って、王様はこの部屋から出て行った。

「さて、フィーアちゃん?楽しいお勉強の時間ですよ〜?」

雷焔は楽しそうな口調でにっこりと笑った。
は…はは…もう、どうにでもなれっ…って感じです…。
本日何度目かになる投げ遣りな言葉を思うと、こっそりとため息をついたのだった。

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