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…信じられない。ここは本当にリューネの村?私を騙すために村人全員に教え込んでおくなんて、そんな手の込んだことするわけがないよね。 全員に聞いたわけじゃないけど、でも、子供からお年寄りまで無作為に聞く人を選んだんだもの。 それに…雷焔がこの国の王都筆頭魔導士ですって?! やば…頭クラクラしてきた…。 ガクリと膝と手を地面に付けたいのを我慢して、クラクラする頭をそっと押さえる。 王都筆頭魔導士の、雷焔…ランドック…。 私、知ってる。その名前、すっごく良く知ってる。 …マジ、夢なら醒めて欲しい…。 「おい、フィーア。大丈夫か?」 頭を押さえて下を向いたまま、動かなくなった私の肩を雷焔が優しく抱きしめてくれる。 普段の私だったら、雷焔みたいな格好良い人がこんな近くにいたら真っ赤になって舞い上がりそうになるほどなんだろうけど、今の私の思考回路はショート寸前でそれどころじゃなかった。 「平気。平気だけど…しばらく放っておいて貰える?」 「…あぁ、分かった。」 よっぽど悲壮な表情をしていたのか。 心底心配されているような視線を受けながらも、肩から手を外してくれた雷焔から離れると、頭を抱えてしゃがみ込んだ。 やばい…やばすぎるよォ…。王都筆頭魔導士、雷焔・ランドックですって?!魔導を目指す者にとって、その名を知らないなんてありえない。 その名を聞かずして魔導の勉強は出来ないと言っても過言でないわ。 …そう言えば、教科書に載ってる彼の肖像画にも一目惚れしたわね、私…。 ………って、そんな事は今はどうでもいいのよ。 雷焔・ランドックと言えば、今までの歴史の中で一二を争うほどの実力のある魔導士。彼が編み出したオリジナルの術は数知れず。 魔導だけでなく、武道の方も凄くて。さすがに専門家には適わないけど、そこら辺の下手なチンピラのにーちゃんに比べたらかなり強い。 で、エクスローディスの若き国王デューク・ローディスの親友。喧嘩と女が好きで、本当なら一つの所に留まっているような性格ではない。 …と言う話だ。 そうよ。肖像画に一目惚れしてから彼の伝記を沢山読んだんだもの。本の内容に間違いがなければ合ってるはずだわ。 私のすぐ側に立っている雷焔を見上げる。 「ね…雷焔。あなた、本物の雷焔・ランドック?王都筆頭魔導士の…」 嘘だと言って欲しくて、思わず縋るような目を向けてしまう。 「あぁ、そうだ。本物だぜ?ま、どっちにしてもこれから王都に向かうんだ。嫌でも信じることになるだろうな」 その言葉に、今度は両手を地面につけてしまう。 さっきはこの体勢になるのを何とか我慢したけど、もう無理。 何ともない顔をして立っているなんて出来っこない。 「あぁ…もう、絶望的だわ…」 「おい、どうしたんだ。大丈夫か?」 「…大丈夫じゃない…だって、ここは私が生まれた日よりも、500年も昔だもの…」 …こんなことってあるんだろうか?時間旅行?時空移動とか? 私にそんな力があるわけないじゃない。ただの魔術士見習いだもの。 打ちひしがれながらそう告げた私の言葉に驚くでもなく、雷焔はただ、そうか。とだけ言って小さく頷いて。 …何、そのうっすーい反応は。 「…どうして雷焔は驚かないわけ?普通、頭の弱い奴だって思うんじゃない?」 私は思わず眉を顰めてしまう。 幾ら何でも、さらっと受け止めすぎじゃないだろうか。 というか、それを体験している私本人ですらまだ冷静になどなれていないというのに。 「あぁ…まぁ、何となくっつーか…フィーアがとにかく他の人とは違うだろうっつー事だけは知ってたな」 「は…?何それ?」 「まぁ、詳しい話は王都に着いてからだ。あまり時間がないからな。急ぐぞ」 「何それ…訳分かんないし。…って、これから王都まで歩いていくの?!」 …そうよ、いくらなんでも知らない男の人と三日間も二人きりってのはどうかと思う。だって、雷焔の事全然知らないし。 そりゃぁ、沢山雷焔に関する本を読んでるから初対面って感じはしないけど…でも、それとこれとは別じゃない? それに、雷焔は凄いプレイボーイだったって話だし…。 ホントにここが500年前なのだとしたら、頼れる人も守ってくれる人もいないんだ。しっかりしなくちゃ。 「いや、歩いては行かない。…あまり時間が無いからな。」 そう言うと、雷焔は何やら呪文を唱え始めた。 私には理解できない呪文。…そりゃそうよね。雷焔と見習いの私とじゃ違いすぎるもの。 雷焔の身体が白く光って、一メートル先の地面が円形に光る。 あれって、魔方陣…?何か召還するつもりなのかしら…。 じっとその様子を見守っていると、魔方陣の光が強くなって、空の雲を突き抜けた。 何となく光が突き抜けたところを眺めていると、不意に青い空に黒い点が出来た。それは段々と大きくなっていく。 …あぁ、何かがこっちに近づいてきてるのか。なんだろう? 「…すごい…高位級のドラゴン…」 見る見るうちに大きな姿が近づいてきて、今ではもうその姿が、身体の模様までもがはっきりと見えるくらいまでになっている。 ドラゴンが翼を動かすたびに物凄い風が巻き起こる。お陰で私の自慢の長い髪も乱れて、風に舞う。鬱陶しいくらいに顔に掛かる髪を無意識に押さえながら、直ぐそこまで来ているその姿を見つめた。 初めて見る、その気高く綺麗な姿に思わず見惚れてしまう。 ドラゴンは歳を重ねるごとに、身体の模様がハッキリとしてくる。模様がくっきりと浮かび上がっているドラゴンは1000年以上生きていると言われ、高位級のドラゴンと呼ばれている。 このクラスのドラゴンになると、ほとんど人里の近くには寄ってこない。本当に高位級のドラゴンがいるのかどうかさえ推測の域だったのに…。 凄い風と共に大地に降り立ったドラゴンは、灰色の身体に濃い灰色の模様がくっきりと、擦れることなく浮き上がっていた。 「…久シイナ。雷焔ヨ。我ヲ呼ブトハ珍シキコト。何用カ」 「あぁ、久しぶりだな。ヴィンディール。…悪いんだが、王都まで背中に乗せていってくれないか?」 あぁ…高位級のドラゴンになると人の言葉を話せるって本当だったんだ…永く生きてると進化するのかな?生命の不思議ってやつよね…。 初めて見聞きするこの光景に、瞬きも忘れて見入ってしまう。 彼らの間に入ることなど出来るわけもなく、ただその成り行きを見守るだけ。 「王都マデ乗セロト。オ前ハ空間移動出来ルデアロウニ」 「俺一人ならそうしたけどな。もう一人いるんだ。流石の俺も、もう一人連れて空間移動はできねぇよ」 「我ガ認メタ人間以外ハ背ニ乗セヌト以前申シタデアロウ」 「まぁ、そう言うなって。可愛い子乗せられるなんて嬉しいだろ?」 そう言って雷焔が私を指差した。するとドラゴンが大きな瞳を私に向けてきた。 あの大きな瞳!怖そうなイメージとは程遠い、可愛らしいすぎる! …頬の辺りに頬擦りしたら怒られるかな?…夢だったのよねぇ。ドラゴンの首に抱きついて頬擦りするの…。 変だとか散々言われたけど、やってみたいものはやってみたいんだもの、仕方ないじゃない? 「…ホゥ…アノ娘、面白イ気ヲマトッテイルヨウダナ…」 「ふーん。やっぱ、他の奴とは違うわけだ?俺にはさっぱり違いが分からんがな」 「未熟者メガ。自分ノチカラヲ過信シテイルト、何時カ足元ヲ掬ワレルゾ。モット、精進スルガイイ」 「わーったって。人の顔見るといつもそれだ」 雷焔がやる気の無い声で言うと、ヴィンディールは尻尾で雷焔の背中を叩いた。 「って…ちったぁ、手加減しろよ」 「コレデモ、シテルツモリダ。本気ヲ出セバ、今頃ハ空ノ星トナッテイルデアロウ」 これって…漫才…?ドラゴンと人間の漫才なんて、初めて見るわね…。 「あのぉ…お取り込み中すみませんけど…結局、どうなの?やっぱ、歩いて王都まで行くのかな?」 今にも口喧嘩し始めそうな二人(一人と一匹?)の間に恐る恐る割って入った。 割り込めそうもない、とか思ったけど、この流れならいける! 寧ろ割り込まないと何時までたっても終わらなそうというか、なんというか…。 「ん?…あぁ、すっかり忘れるところだった。で、ヴィンディール、乗せてくれるのか?」 「アァ。ヨカロウ。娘ヨ、乗ルガイイ」 そう言って、ヴィンディールは乗りやすいように身を屈めてくれた。 …と言っても、身体が大きすぎて身を屈めても登れないけど…。 「うれしい!憧れのドラゴンの背中に乗れるなんて夢見たい。…私を乗せてくれてありがとう!」 嬉しさのあまり、思わずヴィンディールに抱き付いて、頬にキスをした。 「おいおい。ヴィンディールを呼び出した俺にはキスしてくれないのか?」 意地悪そうに口端に笑みを浮かべた雷焔が、自分の頬を指で叩いている。 「うう〜〜…ヴィンディールと雷焔じゃ全然違うもん。…は、恥ずかしくてそんな事出来ない…ヴィンディール、助けて」 多分、私の顔は真っ赤になっていると思う。だって、凄く熱くなってるもん。 思わずヴィンディールの影に隠れてしまった。 「雷焔、カラカウノハソノクライニシテオケ。…デナイト、一人デ王都ニ行ッテモラウゾ」 「わぁったって…ちょっと遊んだだけだろ?」 そういう雷焔の身体がフワリと浮いたかと思うと、そのままヴィンディールの背中へと乗った。 「すごい浮遊術まで出来るんだ…」 ヴィンディールに乗っている雷焔を見上げて言うと、ちょっとだけ雷焔が笑みを向けた。…やばい…今、凄い心臓がドキってした…。駄目だよ、私はここの住人じゃないんだから。いつかきっと、未来に戻る日が来るんだから…。 雷焔は…ううん。ここに住んでいる人皆、好きになっちゃいけないんだから。 「フィーア?何ボケッとしてんだ?早く乗れよ。」 そう言って雷焔は手を差し出して来た。 私の心臓はさらに激しく脈を打つ。 気持ちを落ち着かせるように深呼吸して、何事もない顔をして雷焔の手を取った。 「ありがと。…よいしょっと」 岩みたいに硬いのかと思ってたけど、意外とドラゴンの背中って柔らかかった。 「…あ、忘れてた。」 そうよ、私ったら雷焔の事で舞い上がっちゃって、すっかり悪者三人組のこと忘れてた。 「…ま、いいか。後三十分もすれば術は解けるし。」 一人勝手に納得して頷く。 それと同時に、ヴィンディールが翼を動かした。 「キャッ」 振動にびっくりして、ヴィンディールの首に捕まった。 「落ちねぇように、しっかり捕まっとけ。」 そう言って、雷焔は後ろから私の腰を抱き寄せた。 お腹に回る腕と背中にピッタリとくっついてくる体温に、頬どころか身体中が熱くなるのが分かる。 だって仕方ないじゃない。こういう経験、人生初なんだから。悲しいことにね。 「ひゃぁ!ら、雷焔、くっつき過ぎだよぅ…」 「何言ってんだよ。こうしとかねぇと下に落ちるだろうが。…ま、俺的には役得だけどなぁ?」 ククって喉で笑って、更に腕に力を込めてくる。 お父さん以外の人にこんなに密着するなんて今まで無いしっ!うぇ〜〜〜心臓ドキドキし過ぎて失神しちゃいそうだよォ…。 私の心中を察してなのかは分からないけど、グンとヴィンディールの飛行速度が上がった。 「ぅわっ…ちょっと、風圧が…」 そう言った途端に、ふっと身体が軽くなった。見えない何かが風を遮ってくれてるみたいな感じ。 後ろを振り返って雷焔を見上げると、口端上げてウィンクされた。 雷焔が何かの術で風を遮ってくれたんだ…。 雷焔て、女性には優しくするのかな?てっきり、遊んではポイしてって感じで冷たいのかと思ってたけど…。 「フィーア、見えてきた。あれが王都だ。」 いろいろと考えているうちに、あっという間に王都が見えてきた。 ドラゴンの飛行能力って半端じゃないなぁ…人間の足で3日の所を、一刻もかからずに着いちゃうんだもん。 「…あれが王都…。本物を見るの、初めて…」 上空から王都を見るなんて、普通の人には無理だろう。 私だって、この先また見れることは無いと思う。 王都は円形になっている。それは今も昔も変わらないみたい。街の中心にお城があって、それを囲むように街が形成されている。 それは普通の町並みともいえるけど、街の一番外側と中側をはしっている水路は魔方陣になっていて外部の攻撃からお城を守っている。 ヴィンディールはお城の庭園に私たちを下ろして、再び空高く舞い上がっていった。 ヴィンディールが見えなくなるまで空を見上げて手を振っていると、お城の中から人が出てきて私たちを囲んだ。 城の中から私を見ている人が沢山いて、物凄く居心地が悪い。髪の色のせいだって分かっていても妙に落ち着かない。 お城に来たって事は、王様に会うんだよね。 まだ、ここが500年前の世界だって信じてきれていない。 …それなのに、ホイホイと着いて来るのもどうかとおもうけど…。 もし、王様が肖像画の通りの顔をしていたら信じようとヴィンディールに乗っている時に決めたの。 もしも、本当に500年前なのだとしたら……どうにかして、元の場所に戻る方法を探さなくちゃ。 王様の元へと向かっている途中、ある事が思い出されて目を見開いた。 雰囲気で察したのか、雷焔がどうしたのかと聞いてきてくれる。 「雷焔…私、今、すっごく重要なこと思い出した。」 固まった表情そのままに、雷焔の顔を見上げる。 そう、これはとっても重要な事なのだ。 「……………私が今着ている服、パジャマ代わりの古着なんだけど」 「…別に、問題ないと思うぜ。可愛いぞ」 「…かっ……いや、うん。ありがと……って、問題なくないと思うんだけど」 「………此処まで来ちまったんだから諦めろ」 「マジですか」 「マジだ」 |