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「紗那!何処に行くの」

直ぐに紗那に追いついて、後ろから抱き上げる。
誰も使ってない廊下は光もなく薄暗い。
そんな中、しっかりとした足取りで、まるで目的があるかのようにあるく紗那。
一体、何処に行くと言うのだろう?

「あっち。ママ。あっちに行って」

抱き上げられた紗那は更に暗い廊下の奥を指差す。

「え…」

「まぁま。早く早くぅ〜〜」

腕の中でジタバタと暴れ始めた紗那に急かされるように指差された方向へと歩いていく。魔術で光の玉を宙に浮かして廊下を照らす。
人気のない城で、自分の足音がまるで後ろからつけられているような感覚に襲われてちょっと不安になる。
腕の中の紗那を見下ろすと、何処か嬉しそうな様子で大人しく抱かれている。


「ママ、あそこ〜」

「…え??」

紗那が指し示した方へと視線を向けるとそこには扉が一つ。
薄く開いた扉から、光が漏れていた。


えっ…誰か、居るの?魔王?それとも、その手下???


「あっ!紗那!!!」


思わず立ち止まると、紗那は腕の中から飛び出しその扉の方へと走り出した。

扉の向こうに危険があるかもしれないのに!

慌てて追いかけるが時既に遅し。
紗那は扉を開けて部屋へと入ってしまった。


紗那を守らなきゃ!


紗那に続いて部屋へと入る。
その部屋は沢山の書物が棚に並べられていた。
書斎、と言った感じなのかな。
状況も忘れてその書籍を見ていた所為で紗那はどんどん奥へと進んでいて、危うく姿を見失うところだった。

「紗那。早く戻ろう?」

立ち止まった紗那の後ろにしゃがみ込んで小声で話し掛ける。
紗那は私の言葉を全く聞いていない様子で、部屋の奥を指差した。
視線を上げると椅子が見え、人が座っているのが目に入った。



……え…あれは……。



その後姿に呆然としてると、その人へと向かって紗那が走り出した。



「パパぁ〜〜〜!!!」


そう言って、紗那はその後姿の人物へと飛びついた。


「なんだぁ?俺は、お前のパパじゃねぇぞ?」

抱きつかれた人物は、そう言って紗那を抱き上げる。



嘘…あの声…。



「違うもん。しゃなのパパだよぅ」

「シャナって言う名前なのか?どうやってこの島に来たんだ?パパとママはどこだ?」

「うん。しゃなだよー。ママはね、あそこ〜」

紗那が私を指差すと、ゆっくりと椅子が回転した。


「…雷…焔…」


嘘…何で雷焔がいるの?そっくりさん?
でも、あの顔、あの声…一日だって忘れた事ない。


向こうも、驚いたように目を見開いている。

「フィーア、か?」


あぁ…。


その言葉で瞳から涙が溢れ出す。


雷焔。雷焔だ…。


「まぁた泣いているのか?泣き虫だなぁ…」


ぼやけた視界の向こうで、雷焔が苦笑いしている気配がする。
紗那を抱いたままゆっくりと立ち上がって私の前まで歩いてきた。

「何で?何で雷焔生きてるの?」

「泣くなって」

ポンポンと頭を叩いて私の涙を拭う。

「ほら、ギルティスが俺に術を掛けただろう?あれの所為で永遠の命ってやつ手に入れたらしくてな。死にたくても死ねねぇんだよ」

「永遠の、命?」

突然の言葉に思わず涙が止まる。
紗那を見れば、嬉しそうな表情で雷焔に抱きつき大人しくしてる。

「あぁ、何やっても死なないんだよな。ちょっとの怪我は直ぐに治っちまうし、首を落とすとか心臓を剣で刺すとかそういうのだと寸でのところで剣が止まっちまうし。餓死してみようと思ったら気持ち悪くて動けなくなるけど死なねぇし。術を解く以外に死ぬ方法、ないみたいなんだよな」


死ぬことが出来ない…。
雷焔はどんな気持ちで今まで生きてきたんだろう。
自分は死ぬことが出来ず、大切な人が居なくなるのをただ見送るだけ。


「術を解く方法はないの?」

「あー。まだ見つかってないんだよな。この中の書物のどれかに書いてあるみたいなんだが…量が膨大な上読めない字とかもあるし。俺に掛けた術を掛ける方法なら分かったけどな」

「そう、なんだ」

「ま、時間はたっぷりあるし何時か見つかるだろ。ところで、こいつフィーアの娘?結婚したんだ」

「え、うん。私の娘…」


…雷焔の子だと、伝えていいのだろうか…。


「さっきから俺の事パパっつーんだけどさ、父親は?」

「えぇっと…」

言っていいのか分からなくて、思わず視線を漂わせてしまう。

「…もしかして、死んだのか?」

言い難そうにしている私の様子を勘違いしたのか、真剣な表情で聞いてくる。

「死んでは…居ないんだけど…」


もういいや。開き直っちゃえ!


「雷焔の子だよ」

「は?」

「だから、雷焔の子供なの!」

「もしかして、あん時?」

その言葉に力強く頷く。
雷焔は戸惑ったように視線を漂わせ、大きく息を吐いた。


「言わない方が、良かった?」

「…いや。そんな事ないよ。俺の子、かぁ…そう言われてみれば、魔力の波動が俺のに似てるな」

そう言って笑った雷焔の表情には陰りがなくて、ほっと胸を撫で下ろした。

「この身体になってからさ、生殖能力がなくなったみたいなんだよな。ヤル分には問題ないし、妊娠させる心配もないから楽ちゃぁ楽なんだけど。俺の子供なんて見る事無いと思ってたから驚いたよ」


雷焔の言葉にズキっと胸が痛む。

そうだよね…500年も生きているんだもの、恋人の一人や二人居たよね・・
でも私は…。


「雷焔、術を解く方法が見つかるまで、ずっと此処に一人でいるの?」

「あぁ。そうだな…」

「私も、一緒に居ちゃ駄目?」

「駄目…って事はないが…時間の流れが違うんだ。フィーアが辛いだろう?」

「私も、雷焔と同じ身体になる。永遠の命を与える術、習得したんでしょう?」


永遠の命を手に入れる。それは、時の流れに取り残されると言う事。
迷いなんてない。だって私は――――


「永遠の命を手に入れるってどういう事だか分かってるか?見た目も衰える事がないからひとつの場所に留まって居られないし、何よりも両親に会う事が出来なくなるんだぞ?」

「うん。ちゃんと分かってる…でも、雷焔の傍に居たいの。向こうから戻ってきてからの4年間、雷焔の事忘れた事無かった…今でも雷焔の事が好きなの…愛してるの……でも、雷焔が迷惑だって言うなら諦めるよ。もぅ、500年も経っているんだもん。私の事、忘れちゃっててもおかしくない…」


こんな事言われて雷焔は迷惑だよね。
でも、何も言わないで後悔するより、すっぱり振られた方が諦めがつく。
生きていると分かってしまった以上、気持ちをうやむやにはしたくない。


雷焔は暫く考えるかのようにじっと私を見詰めていた。

「紗那、暫く一人で遊んでて?」

そう言って紗那を下に下ろし頭を撫でた。
紗那は頷いて、小さな足音を立ててその場から居なくなった。


「フィーア、それで後悔はしないのか?もしかしたらずっと、このままかもしれないぞ?」

「後悔なんてしないよ。それに、両親ともずっと会ってないし連絡も取ってない。今の私には紗那しか居ないから」

「そうか…」

雷焔は息を吐き出すと、更に私との距離を詰めた。
そしてそのまま――――――私を優しく両腕で包み込んだ。

「正直に話すけど…今まで恋人と呼べる存在は一人も居なかった。こんな身体だし、別れる日が来るくらいなら作らない方が良いい。だけど、一晩だけの関係ってのは覚えてないくらいにある…でも…どんないい女抱いても、最中に思い浮かぶのはフィーア、お前だった。たった一回この腕に抱いただけなのに、フィーアが忘れられないんだよ。自分でもどうかと思うよ。記憶も薄れて、顔も声も思い出せないのにな」

雷焔の顔を見ると、自嘲気味な笑みを浮かべてる。
雷焔の声が心地よく耳に入ってくる。
その言葉に自惚れてもいいの?

「フィーアに対する気持ち、もう分からなくなってた。何時かは忘れる日が来ると思ってた。…だけど、こうやってまた会えて…愛しいと、思った」

「雷焔…それって…」

「フィーア、今でも…愛してる」


そう言って、私の唇を自分のそれで塞いだ。


何度も何度も啄ばむような優しいキス。

閉じた瞳から涙が溢れ出す。

もう会う事は無いと思ってた。
一生誰も愛さない、愛せないと思ってた。

魔王の気まぐれ。
それに今は感謝したい。








「じゃぁ、術を掛けるぞ?」

「うん」

「だが…本当にいいのか?人の気持ちは移ろいやすいものだ。後で気持ちが変わっても解く事は出来ないぞ?」

「大丈夫だよ。何だか良く分からないけど、ずっと雷焔の事好きでいる自信があるの。永遠に変わらないものなんてないよ。人の気持ちだってそう。でもね、悪いほうに変わるんじゃなくてずっといい方へと変わっていけばいいと思う。恋が愛に変わるように、人の気持ちには限界なんてないよ」

「そうか」

そう言うと雷焔は穏やかに笑って頷き、呪文を唱え始める。
掌が淡く光り、それがどんどんと大きくなっていく。
その光が手から放たれ、私の身体を包み込んだ。


「……何か、何が変わったのかさっぱり」

自分の身体を見てみるが特に変わった様子も無い。

「まぁな。そのうち怪我したときにでも分かるだろ」

「そっか」

笑みを向けると、雷焔も笑って、キスを一つくれた。


「ぱぁぱ。まぁま。お話し終わった?」

何処に行っていたのか紗那がひょこっと姿を現した。


……紗那の事、すっかり忘れてた…


「あぁ、終わったよ」

「ホント?じゃぁ、しゃなと遊んで??」

「じゃぁ、外に行くか」

「うん」

雷焔は紗那を抱き上げて部屋の外へと歩きだした。
慌てて私も後を追いかけた。



「…ところで、何で紗那は雷焔が此処に居るって分ったの?」

紗那はキョトンとした表情で私を見つめる。

「んーー。わかんなーい。何となく」

本当に分ってない様子で、無邪気な笑みを向けてくる。

予知能力とかそう言うのがあるのかな?
ヴィンディールも何も言わずに此処に連れてきてくれた。
長く生きたドラゴンには心を読める者も出てくると聞くし、私の心を読み取ってくれたのかも。
ま、何でもいいか。こうやって雷焔とまた会えたんだもの。


「そう言えば、魔王ってどうなったの?」

お城の応接室みたいなところに案内されて今はのんびりティータイム。
雷焔が入れてくれたお茶を飲みながらふと気になった事を聞いてみた。
だって、魔王のお城に住んでるなんて、魔王が復活したらどうするのだろうとか、色々と疑問があるのよね。

「ん?あぁ、アイツならもう復活する事はないよ」

「…それって倒したって事?」

「まぁ、一応倒した事になるのかな」

「なぁに?歯切れの悪い言い方して」

「長くなるからその話は追々するよ。……ところで、娘の名前って…」

雷焔はそう言って、嬉しそうにニコニコ顔で隣に座る紗那を見下ろした。
何やら考えている風で。

「紗那だよ?…どうかした?」

「いや……紗那……しゃな、ねぇ…」

そんな雷焔を不思議に思いつつ、お茶を飲む。
紗那はやっぱり嬉しそうに雷焔を見上げてニコニコしている。

「………あぁ、そうか。……紗那。今度城に連れて行ってやるよ」

何か合点がいったのか、納得したような顔をして数回頷いた後、紗那の頭を撫でながらそんな事を言った。
紗那はその提案に嬉しそうにしているけど……何でお城?
というか、紗那。お城が何なのか分かってないでしょ。

不思議そうな顔をしている私に気づいたのか、雷焔はこっちへと顔を向けて、ニっと笑う。

「この話も、ギルティスの時と一緒に」

そう言われて大人しく頷く。
魔王の事とか、私が居なくなった後の事とか、聞きたいことは沢山あるけど、時間はたっぷりあるんだからいつだって聞けるもの。
てか雷焔さん?あ、今はまだ早いのか。とかブツブツ言っているのが聞こえてますけど。
約束したからにはちゃんと連れて行ってあげてよね。






突然始まって突然終わった私の恋物語。
突然にまた動き出した。


神様、おばぁちゃん。
恨んだ時もあったけど、今ではとっても感謝しています。


死が二人を分つ時が来たとしても、ずっと雷焔を愛する事を誓います。











2004/09/06 脱稿
2012/06/06 改稿

愛しき日々 ―何気ない日常も、フィーアにとっては愛しいもの。 拍手用小話だったもの。

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