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デューク王との話の後、『明日に響くといけないから』と訓練はお開きになった。 中途半端なまま、最後の訓練が終わってしまったような気がして寂しさがこみ上げてくる。 雷焔と時雨さんは明日の準備があるからと足早に何処かへと行ってしまった。 不安な気持ちを落ち着かせようと中庭へと私は足を向けた。 「魔王、復活…か」 ベンチに腰を下ろしてぼんやりと噴水から流れる水を見つめる。 魔王が復活だなんて、あまり実感が無くって。 実際、復活したからと言って何か周りが変わった様子もない。 まだ復活したばかりだから、世の中への影響、侵略行為等はまだ無いのかも知れない。 はぁ…。と溜息をついて自分の手を見詰める。 この手に、世界の全てが掛ってる。 私がやらなければ、この世は暗黒の闇に包まれてしまう。 そう思えば思うほど、不安が心を支配する。 誰かと一緒に居なければ不安に押しつぶされそうな程。 ギュっと開いていた手を握って瞳を閉じた。 「…雷焔」 無意識のうちに呟いてしまった名前に涙が出そうになる。 この戦いが終わればきっと―――――。 準備が忙しいのは分かってる。 でも、傍に居て欲しい。 何時もみたいに口端にニヒルな笑いを浮かべてからかって欲しい。 安心するような優しい笑みを浮かべてそっと頭を撫でて欲しい。 私を一人にしないで。 傍に居て、大丈夫だって言って。 何時の間にこんなに雷焔の事が好きになってしまったのだろう。 叶わぬと思っている恋だから余計に気持ちに拍車が掛ってしまうのかな。 既に憧れでは無くなってしまった雷焔の事を想って、胸が切なくなって泣きたくなった。 綺麗に星が瞬く夜空を見上げる。 こうでもしてないと涙が零れてしまいそうだったから。 「おばぁちゃん。どうして此処に来たのが私なの?神様から与えられた試練だとしてもこんなの、辛すぎる…」 「フィーア、此処に居たのか」 どれくらいベンチに座っていたのだろう。 短くも思えるし、長くも思えた。 声に視線を向けると、雷焔が私の方へと近寄ってくるのが見えた。 「雷焔…もう、準備はいいの?」 「あぁ、後は朝が来るのを寝て待つだけだ」 「あ、あの?雷焔?」 私の隣に座った雷焔が、ふわりと私を抱き締めた。 急な行動に戸惑いも隠せず、それでも求めていた雷焔の温もりに抵抗する事が出来なかった。 「泣いても良いぞ?」 「え?」 頭上から降ってくるその言葉に、驚いて顔を上げる。 間近にある雷焔の顔に思わず頬を染めてしまう。 「こっち見た時、一瞬泣きそうな顔になってた。明日のことが不安なんだろう?あまりに急な事で頭で理解しても感情は追いつかない。違うか?」 優しい色を含んだ瞳で見つめられてゆっくりと頷いた。 「不安で泣きそうなら好きなだけ泣いたらいい。泣くだけ泣いたら、明日は何でもないという表情をしてろ。酷な話だとは分かってる。だが、お前は俺たちの希望なんだ。明日、一緒に戦うのは俺と時雨だけじゃない。お前が不安そうな顔をしていたら他の奴等の志気が下がる。分かるな?」 雷焔の言葉が一つ一つ心に染みてくる。 厳しさと優しさを持った人。 ただ優しいだけの人だったら、こんなに好きになる事はなかったかもしれない。 小さく首を縦に振ると、雷焔の胸に顔を押し付けられた。 鼻腔を擽る雷焔の香りと、広い胸の温かさ、ゆっくりと優しく私の髪を撫でる手にジワリと涙が溢れてくる。 背中に両手を回して、声を押し殺して泣いた。 私が泣いている間、髪を撫でる手が休まる事はなかった。 「そういえば、フィーアは今まで恋人とかって居たのか?」 中庭から部屋へと戻る途中、雷焔が軽い口調でそう聞いてきた。 「え?居ないけど…どうして?」 首を傾げながら顔を見上げると、口元に手をやって何か考えているようだった。 「いや…じゃぁ、好きなやつとかは今いるのか?」 「えっ…う、うん」 急になんだろう?戦いを前に、私をリラックスさせようとしているのかな? 雷焔本人に、『それはあなたです』なんて言える訳でもなく、名前を聞かれるんじゃないかとドキドキした。 「そう、か…ちょっと聞いてみたかっただけだ。気にするな」 そう言ってこの話は終わりだとばかりにヒラっと手を振る。 名前を聞かれなくて済んで安心したけど、どうしてこんな話題を私に振るのか分からなくて気になってしまう。 追求しようかと思って口を開いたけど、部屋までついてしまって別の話題によってこの話は終わりになってしまった。 「明日はきっと、長い一日になる。ちゃんと睡眠はとるんだぞ?興奮して眠れなくても目を瞑って横になっているだけで大分違うから。」 「うん。分かった」 「それと、フィーアの魔力はそんなに多くないから戦いの時はなるべく魔力を消耗しないように戦えよ?魔王を前にした時に魔力が無くて封印出来ないじゃ話にならないからな。いざとなったら俺の魔力を分けるが…多分俺の方も戦いで消耗しているはずだからな」 頷いた私を見てポンポンと頭を叩くと、隣の部屋へと入ってしまった。 「魔力…か。そう言えば、魔力を増幅させる方法が…とか最初の頃言ってたけど結局それってやらなかったな…」 広い浴槽に身を沈めながらぼんやりと呟く。 あれ……魔力増幅ってもしかして…それで、さっきあんな事聞いてきたの? とある考えに思い当たって、かっと頬が紅くなる。 そっか…少しでも魔力が上がれば戦いは楽になるかもしれない…。 いざとなったら魔力を分けてくれるって言ったけど雷焔の手を焼かせる事は絶対にしたくなかった。 ただでさえ足手まといなのに、それ以上の迷惑を掛けるなんて。 僅かに震える身体を叱咤して勢いよく浴槽から上がった。 「雷焔、入ってもいい?」 廊下から声を掛けると、中から雷焔の返事が聞こえてきた。 ゆっくりと深呼吸をした後扉を開けた。 「どうした?フィーア」 ベッドの端に腰掛けて、入ってきた私を不思議そうに見つめる雷焔にそっと近寄る。 ギュっと拳を握って、息を吸った。 「……雷焔、お願い。わ、私を…抱いて」 「………は?」 たっぷりと間が開いた後そう言葉が返ってきた。 「あ、あのっ…えっと、女性はその…魔力が上がるって、聞いたから…それで…」 じっと雷焔に見詰められて、羞恥心にどんどん声が小さくなる。 あー、何て大胆な事言っちゃったんだろう?はしたない子だと思われちゃったかな? でももう言っちゃった言葉は取り消せないし…ぅーーーどうしよう…。 「知ってたのか…フィーアは、俺で良いのか?自分の時代か、こっちの時代かは分からないが、好きな奴がいるんだろう?フィーアは娼婦じゃない。初めては好きな人と、って思っているだろ?」 「雷焔がいいの…ううん。雷焔じゃなきゃヤダ。…だって、私が好きなのは、雷焔だから」 そう言って、あ。と気づいた。 私ってば…気持ちが先走っちゃって好きって伝えてなかったじゃない! もーーー馬鹿馬鹿馬鹿!!! 折角勇気だして告白しようと思ったのに、行き成り『抱いて』じゃ雷焔だって驚くよーーーー!!! 恥ずかしくて、じっと雷焔に見詰められて落ち着かなくてギュっと目を閉じて俯いた。 やっぱりいい。聞かなかったことにして。 そう言おうと思って顔を上げると何時の間に立ち上がったのだろう? 間近に雷焔が立っていてびっくりした。 「らいえ―――――」 ふわりと抱き締められ、言葉の続きを言えなくなってしまった。 え??なに?? 「フィーア」 雷焔の腕の中、硬直していると耳元で囁くような声が聞こえた。 「俺も、フィーアが好きだ」 ―――――――――――え? 思いもしなかった突然の言葉。 嬉しい、と思うよりも頭の中が真っ白になった。 呆然としている私に気づく事なく、更に雷焔は言葉を続ける。 「最初は、憐れな少女だと思ってた。自分の知らない場所に飛ばされてきて、魔王を倒せと言われて。逃げ出したいのにそれが出来ないから、嫌々でも戦わなきゃならない。そんな状況に同情した。…泣き言言いながらもしっかりと俺と時雨の訓練について来た。ひたむきで一生懸命で。ちょっとおっちょこちょいで危なっかしくて。気が強いのかと思えば、弱いところもあって…そんなフィーアが愛しいと感じる自分が何時しか居た。俺が守ってやりたいと思った。伝説の少女とか、妹みたいだとか、弟子だとか。そう言うのじゃなくて一人の女としてお前が好きだ」 言葉に涙が溢れてくる。 叶わないと思ってた。伝えちゃいけない気持ちだと思ってた。 一時だけでもいい。雷焔と恋人になりたい。 そんな気持ちが無いわけでは無かった。 でも、こういう事が無かったら自分の気持ちを伝えようなんてしなかったと思う。 魔力のため、そんな理由で言うなんて打算的かもしれない。 それでも、雷焔の足手まといになるのだけは嫌だった。 「…嬉しい…」 僅かに身体を離した雷焔の顔を見上げて、涙に潤んだ瞳を向けて笑顔を向けた。 「俺も」 私の涙を拭いながら笑みを向けてくれる。 そっと雷焔の顔が近づいてきて、私は瞳を閉じた。 |