その声、返品不可。 6 この展望台に来ること数時間。 「大分日が傾いてきましたね」 二人が居なくなった後、再び展望台の手すりから下界を眺めていた。 「そうだな」 「今日は楽しかったです。まさか、先生の知り合いに二人も会えるとは思ってなかったし」 「まぁ、祐恭は予定外だったけどな」 そう言いながら、先生は取り出した携帯灰皿に煙草を入れた。 「えっと・・・何ですか?」 何故か私を見下ろしてくるその目は、スっと細められていて。 えっ?ちょ、まって そう思った時には既にその目は至近距離で。 二回目のキスは苦い煙草の匂いのする、でもシチュエーションは、山と町並みが夕日で真っ赤に染まる中での結構ロマンティックなものだった。 唇から感触がなくなったので目を開けると、意地悪そうな瞳が即座に飛び込んできた。 「・・・ペナルティ」 「へっ?」 「言ったろ?学校以外で先生と呼んだらペナルティだって。言う毎にキス1回。10回貯まったら、そっちからしてもらうから」 ニヤリと言った形容がピッタリ合う笑みを向けて、先生の顔は遠ざかった。 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!無理。自分からとか、ずぇぇぇったい無理!」 恋人経験ゼロの私がそんな事出来るわけないじゃん!! 「だからペナルティなんだろ?自分からするのが嫌だったら、俺の事を先生って呼ばない事だな」 そう言って、先生は展望台から駐車場の方へと歩き始めた。 な、な、なんてことだ。 「何やってんだ?置いてくぞ」 数歩前を行った先生は振り返って、相変わらずの意地悪そうな目を向けた。 「行きますよ!」 そう怒鳴り返して、車へと向かった。
「そういや、晩飯どうすんだ?家で食うのか?」 山から麓へと下りてきて、恐らく地元へと向かっているであろう車の中。 「あっと、今日は両親が旅行に行っちゃったんで、一人なんですよね」 「何だ。置いてかれたのか」 そんな言葉に顔を向けると、前を向いて運転しているけど、口元には意地悪そうな笑み。思わず頬が膨れる。 「そうですっ。結婚記念日だからとか行って可愛い娘を置いて行っちゃう万年ラブラブ夫婦なんですよっ」 膨れっ面のまま、拗ねた口調でそう言うと、クックックと笑い声が隣から聞こえてくる。 「いーや。仲悪いより良い方が良いだろ」 「まぁ、それはそうですけど」 「じゃあ晩飯もどこか行くか。何食いたい?」 えっ?一緒にご飯食べてくれるの? 「えーっと、パスタ・・・は昼間食べてたから・・・うーん?」 「別に、パスタだって構わないが?」 「せっ、京介さんが構わなくても私が構うんですぅ。麺類ばっかりじゃ身体に良くないですよ」 「ふぅん?俺の身体の事心配してくれてんだ?」 からかいを含んだ声に、思わず顔が赤くなる。 良かった。外が暗くなってきてて・・・ 「べ、別にそんなじゃないですぅ。あ、オムライス。美味しいオムライスが食べたいです」 「オムライスぅ?!・・・お子様にはそれで十分か?」 思いがけず先生を驚かせる事に成功して、内心喜んだのもつかの間。 「お子様じゃないですぅ・・・じゃぁ別なのでいいですよ。私、大人ですから先生がオムライス食べたくないんだって言うなら譲りますよ?」 にーっこりと笑みを向ける。 「ククッ・・・ほんと、お前は分かりやすい」 「何がですか」 「別に?・・・オムライスな?地元に専門店があったはずだから、そこに連れてってやるよ」 「ホントに別のでいいんですけど」 「何だ。拗ねてんのか?ほんっと、お子様」 「だーかーらー。お子様じゃないって言ってるじゃないですか」 そんなにお子様お子様って連呼しなくったっていいじゃない。 宥める様に頭撫でられたって、機嫌なんて直してあげないんだから。
「おいしいぃぃvvvv」 先生に連れてきてもらったオムライス専門店。 メニューも凄く豊富。 「すっかりご機嫌だな」 先生が頼んだのは、デミグラスソースで、ビーフが具材のやつ。 「京介さんが余計な事言わなければいつだってご機嫌ですけど?」 にっこり笑って言うと、ニヤリと意地悪な笑みが返って来た。 「苛めて欲しそうな顔して俺を見てるくせに?」 「なっ、苛めて欲しいなんて思ってません」 「そ?」 「そうですっ」 しっかり否定しているのに、まだあの意地悪な表情のまま。 ムカムカしたまま、オムライスを口に運ぶ。 「・・・何ですか」 「いーや?何でも」 それが何でもって顔ですか。 見ると先生は既に食べ終えていて、カチン、カチンとジッポライターの蓋を開いたり閉じたりしている。 私も食べ終わって、アイスティを飲んで一息ついた後、先生が煙草を吸いだした。 もしかして、私が食べ終わるの待ってたのかな??? 意地悪なんだか、優しいんだか良く分からない人だなぁ・・・。
「今日はどうもありがとうございました」 結局今日は全部先生に奢ってもらう事になった。 「いーえ、どういたしまして」 家の前まで送ってもらい、まだ車の中。 「あのっ、うちでコーヒーとか飲んでいきます?」 そう言うと、先生は一瞬目を開いた後、直ぐに細める。 「何?誘ってるわけ?」 「・・・はい?確かに、お茶を誘ってますけど?」 訳が分からず首を傾げると、クックックと楽しそうに顔を歪めた。 「だから、誰も居ない家に俺を入れて、どうしたい?って聞いてるんだが?」 ・・・・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! そうだった、今日は親が居ないってことは、二人っきりってことじゃない! 「いやいやいやいやいや。別に、他意はないっす。ホント、今日色々連れて行ってもらったからお茶ぐらいとか思ったわけですけどっ。でもいいです。おやすみなさい!!!」 逃げるように、車のドアに手をかけると、その上から大きな手が乗せられた。 「やっぱ、逃げるの下手だな」 はい??? 「はわっ?!えっ」 「キスんときぐらい黙ってろよ」 えっ?キスって・・・ そう言おうとした時には既に、私の唇は先生に塞がれていた。 軽く唇を押し付けるようなキスだけど、それは一回目や二回目とは比べ物にならないくらい長くて。 時間にしたら数秒かもしれないけど、凄く長く感じられた。 「すっげぇ顔真っ赤」 暗くてもこの至近距離じゃ流石に私の顔色も分かってしまう。 「そんなことないですっ」 先生から素早く離れて、今度こそ車から逃げ出した。 「ククッ。たまーに逃げ足が速いんだよな。お前は。でも詰めが甘い」 そう言いながら、先生は運転席から降りてきた。 「な、何で降りてくるんですか?」 家の扉まであと少し。 そんなに大きくないバッグなのに、焦っているためかなかなか出てこない。 「お茶でもどうですかー?って誘ったのはお前だろ?」 「ささささ誘ってなんてないですよ」 「さっき言ったことも忘れてしまったのですか?篠崎さんは。これではテストが心配ですねぇ?」 「どどどどどうしてそこで先生モードになるんですか」 ズサ、と後退すると、コツンと足に何かが当たった。 「さぁ、どうしてでしょうか?」 「どうしてでしょうね?」 アハハハハと乾いた笑いをしてみるが、逃げ場はなし。 先生の顔が近づいてきて、ギュッと目を瞑る。 ・・・? いつまでたっても何も起こる気配はなく、恐る恐る目を開けてみると、近距離に口元歪めた先生の顔。 「・・・何、笑ってるんですか」 いかにも笑いこらえてますーって顔だ。 「こんな事で固くなってるようじゃ、やっぱりまだまだお子様だな」 そう言って先生は手をドアから離した。 「お子様じゃないって言ってるじゃないですか」 これは条件反射。 「じゃぁ、大人扱いしてやるよ。一歩大人の階段上らせてやる」 「へっ?!」 あっという間に腰を抱き寄せられたかと思うと、もう片方の手で顎を持ち上げられる。 さっきまでのキスとは違う。 「ちょ・・・っ?!」 抗議しようと口を開くと、ヌルリと何かが滑り込んできた。 これ・・・先生の、舌?! 口内を我が物顔で動き回るそれに、逃げる私は難なく捉えられる。 「んっ・・・んん・・・」 鼻にかかったような甘ったるい声。 「はっ・・・」 苦しくなって背中を叩くと、一旦離れるがまた角度を変えて更に深く重なった。 「んっ・・・ふ・・・」 足がガクガクしてきた。 ガクンと膝が折れると、更に強い力で腰を抱かれ、唇がゆっくりと離れた。 「何?感じたのか?」 耳元で囁かれるセクシーボイス。 ゾクゾクとした痺れが耳から全身に伝わっていく。 「やっぱ・・・選択間違ったかも・・・」 先生の問いには答えずそう呟くと、クっと笑いが先生から漏れる。 「昼間、イチが言ってたろ?」 「えっ?」 突然変換された話題についていけず、間抜けな声を上げた。 「俺は物持ちがいいって」 あぁ、そう言えば言ってた。 「返品は不可だから」 「それはどういう・・・?」 「俺への告白を無しになんて出来ないって事」 「いやー、それはちょっと遠慮しときたいかなぁ・・・なんて」 そう言うと、更に耳に口を寄せる。 「俺の声、好きなんだろ?」 「は、はいぃ・・・」 先生の声は麻薬だ。 「その声を独り占め出来るんだぜ?幸せだと思わねぇ?」 確かに、今まさにこの声を独り占めしてる状態。 「俺の電話番号教えたろ?仕事中以外ならいつでも出てやるよ」 機械越しでも、聞きたくなったら先生の声が聞けるのか・・・なんて甘い誘惑。 「京介さん・・・」 私ってば、何て声だしているんだ。 「何?」 先生の背中にそっと両手を回す。 「返品なんてしないです。京介さんが好きだから」 気づけば勝手に口はそう言葉を発していた。 「当然だろ?」 先生はそう言って、再び私の口を塞いだ。
「イタッ」 キスの余韻にぼうっとしていると、鎖骨の下あたりに鈍い痛みが走った。 「何・・・?」 「別に?ちょっと摘み食いしただけ」 訳が分からず首を傾げると、グシャっと頭を撫でられた。 「後で分かる。じゃぁ、帰るわ」 スルリとその身が離れていく。 寄っていかないんですか?とは流石に聞かない。 「はい。気をつけて」 そう言って手を振ると、先生も軽く手を上げて車に乗り込んだ。 車が見えなくなるのを確認すると、バッグから鍵を探し出して穴に差し込んだ。
「ぬぁ?!」 部屋に戻って着替えていると、鏡に自分の姿が見えた。 「こ、こ、これって・・・キスマークってやつっすか・・・?」 摘み食いってこの事だったのかーーーー!!!!!! 先生に翻弄されてばっかりだ。 「くっそーいつか、先生を見返してやるっ。絶対先生の事振り回してやるんだから!!!」 私の決意の叫びは、誰も居ない家に響いた。 『無理無理。俺に勝とうなんざ100万年あっても足りねぇよ』 そんな声が聞こえたような気がしたが、気づかない振りをしておこう。 終 |