その声、返品不可。 2 「かなえー起きなさい。朝ごはんできたわよー」 ん・・・?朝・・・? 「はぁ?!朝って今何時?」 お母さんの声で目を覚まし、慌てて壁にかかっている時計を見上げる。 「七時・・・良かった・・・九時とかだったら泣いてるとこだった」 はぁ、と息を吐き出してベッドからヨロヨロと這い出す。 「とーっても良い天気ですこと」 空は雲ひとつない、澄み切った青色で、絶好のお出かけ日和ってやつな訳で。 「気が重いなぁ・・・」 とは言え、楽しみじゃないって言ったら嘘。 「はぁ。これを後で片付けるのかと思うと、それもまた気が重いなぁ・・・」 部屋を出て1階のリビングに行くと、お父さんがソファで新聞を読んでた。 「おはよー」 声を掛けると新聞から顔を上げてこっちを見てくる。 「あぁ、おはよう」 「今日は珍しく早いね。どこか出かけるの?」 朝食が並べられたテーブル。 椅子に座って、いただきますと手を合わせる。 「あら?今日はお父さんとお母さん、出かけるって言わなかったかしら?」 お母さんがそう言いながら、ホットミルクの入ったマグカップを持って来た。 「え?聞いてないよ?」 「あらあら。言ったつもりだったのだけど」 「つもりでも実際に聞いてないし」 「あらあら」 あらあらじゃないって。 「それで?どこに出かけるの?」 トーストにバターを塗って、その上に卵焼きを乗せる。 「北海道よー」 ・・・・・・は? 「北海道って、あの北海道?」 「他にどの北海道があるの?」 「いや、ないけど。ってか、何で私を置いて行くのよーっ」 「だって、今日結婚記念日ですもの」 「結婚記念日?確かにそうだったような気も・・・ってかお父さんもそこで頷かない!娘が一人で留守番とか心配じゃないの?!」 「いやぁ、そんな事もないんだけどな?かなえも大きくなったし、久しぶりに二人っきりで旅行もいいなぁっと思ってね」 にこにこ顔で言われてしまってはもう何も言えないじゃない。 この、万年ラブラブ馬鹿夫婦めっ 恨めしく思いながらも用意された朝ごはんを完食。 「準備しなくちゃ」 そう言って立ち上がると、お母さんが近寄って来た。 「これで今日と明日、ご飯食べて頂戴ね?」 そう手渡されたのは1万円。 えっ?こんなに貰えるの?ラッキー♪ 「うん、ありがとう。楽しんできてね?」 「お土産楽しみにしててね」 うふふと笑みを浮かべるお母さん。 「それはそうと」 ポンと手を打って私を指差した。 「何?」 「今日出かけるんでしょ?頭、凄い事になってるわよ?」 「えっ?!」 慌てて洗面所に駆け込み、鏡を覗き込む。 「もしかして、昨日髪乾かさずに寝たのかな・・・」 実のところ昨日お風呂入った後の記憶があんまりない。 軽く息を吐き出して、水道からお湯を出す。 念入りにブローして、寝癖一つ無い完璧な仕上がりだと自分で満足する。 「やばいっ」 慌てて自分の部屋へと駆け上がる。 部屋にまき散らかされた服を上から眺める。 「ん?・・・先生って・・・どっちモードで来るんだろ?」 羊なのか狼なのか。 「・・・困った」 あまりラフな恰好をしていって先生がカチっと決めてたら変だし、逆でも同じ。 「あー、もう何でこんなに悩まなくちゃいけないのっ」 こんな事している間にもどんどん時間が過ぎていく。 丈が膝より少し上の黒いフレアスカートにキャミソール。その上に水色のボレロカーディガンを合せる。 「少しは、ましかな・・・?」 全身鏡に姿を写し、前と後ろを念入りにチェック。 一応初デートな訳だし? 水色で、白い花がワンポイントの小さいバッグにお財布と携帯を詰める。 時計を見ると、9時30分。 少し早いけど遅れて行ったら恐ろしい目に合うに違いない。 「じゃぁお母さん、お父さん行ってくるねー?二人とも気をつけて!」 とリビングに顔を出すと既に二人の姿はない。 「出かけるなら一声掛けてくれればいいのに」 またもや溜息をつく。 踵の低いミュールを履いて、玄関にある鏡で最終チェック。
若干のんびりと歩いて来たおかげで約束の時間まで後10分というところで駅へと到着。 ふとある一点が目に留まる。 もしかして、もしかするとあれ、先生ですか・・・? 黒っぽいような青っぽいような色した車に凭れるように立っている男性。 「何だ、あのくそ似合すぎるサングラスは」 似合いすぎて怖いくらいだ。 帰って・・・いいかな・・・ そう思ったら回れ右。 「かなえ」 対して大きくない声が鼓膜を揺らす。 か、かなえって今・・・言った? ギギギと音が聞こえてきそうなくらいにぎこちなく振り返った。 やっぱりあれが先生だったんだっ 車から離れこちらに向かってくる。 逃げるなら、今のうち。 そうは思っても体がいうことをきかない。 「あの、おはようございます?」 なんだ、この間抜けなセリフは。 「あぁ。おはよう」 そう言いながら、先生は私の頭から足先まで視線を動かした。 もしかして、チェックとかされてたり・・・ 「馬子にも衣装、だな」 ニヤリと口端を上げる。 「なっ・・・そういう時は、可愛いとか似合ってるとかそう言うのが紳士ってものじゃないですかぁ?!」 仮にも彼女・・・だよね?・・・を捕まえてそのセリフはないんじゃない? 「あいにく俺は紳士じゃないんで。行くぞ」 先生は私の頭をポンと叩くと車に向かって歩き出した。 「あっ、待ってくださいよー」 慌てて先生の後を追いかけ、車の助手席へと乗り込んだ。
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