2005年の抱負(真島佳織の場合)

 

 

 

食べ物をひょーいと投げてぱくっと口でキャッチするのは、最近のあたしのブーム。
ブームっていうか・・・2005年はあたしにとってチャレンジの年。「口でキャッチできるようになろう年間」なの。
だって悔しかったんだもん。
仲いいやつらでクリスマスパーティーをやった時にみんなでやってたんだけど、あたしだけできなくて・・・子供っぽいって思うかも知れないけど絶対できるようになってやるって思ったんだよ。

お昼休みにひょーい。
お家でひょーい(そして行儀悪いって叱られる)。
バイト先の休憩時間にもひょーい。

こんな頑張ってんのに、投げるチョコベビーはひょいひょい違うとこに飛んでいく。
なんでこんなに一生懸命やってんのになかなかできるようになんないんだろ・・・ムカついてくるーっ!


「あんた・・・まだやるの?いい加減にしなよ」

「やーだ。これは今年の抱負なの。絶対できるようになってやる」

「諦めな。才能ないんだって」


弁当を食べ終えて早速練習し始めたあたしを見て、マイペースにスローフードを続ける美清(みさや)は呆れた顔をした。美清はパーティーのメンバーだったから、あたしがなんでこだわってるかも知ってる。


「こんなものに才能もくそもないよ。努力すればできるようになるってば、絶対!」

「佳織(かおる)は絶望的にヘタなんだよ。才能もくそもなくても、食べ物がもったいないからあんたはやるな」


きっぱり言い捨てて、美清はやっとデザートのイチゴを食べ出した。あたしだったら一口でばくっといくのに、この子は二口三口かかるのか・・・。あたしと同じで口は悪いくせに、変に行儀いいんだもんな。
しっかし・・・他のやつらも似たようなこと言うし、誰もあたしができるようになると思ってないな!?
ちくしょー見てろよー!


「ちょっと佳織。トイレから戻ってきたら、授業始まる前にその散らかしたチョコ、片付けてよね?」

「・・・・・・・・・はい」


立ち上がったあたしに、美清は指摘するのを忘れていなかった・・・。

 

 

 

ひょーい。あっ!もうちょっとだったのに!
ひょーい。・・・全然違うとこ落ちてった。
ひょーい。・・・・・・・・・あれ?


「おまえかぁ、ここらへんにパンやらチョコやらばらまいてんのは」

「ぁえ?」


チョコをキャッチするはずだったあたしは、上を向いたまま更に後ろを見た。
そこには逆さまに映った加宮さんが立っていて、視界に入った手には投げたチョコベビーが乗っていた。
すげー。投げたの、そのまま捕まえたんだ。
加宮さんは開いたままのあたしの口にぽんとそれを放り込むと、すぐ傍にあった木の空き箱に座って煙草に火をつけ始めた。あたしは一瞬ぽかんとしてから、口の中のチョコをたいらげた。


「あれ、加宮さん休憩ですか?」

「おー。おまえもうそろそろ入らないと叱られるぞ」


ここはあたしのバイト先であるラーメン屋さんの裏っかわ。そこはそんなに広くはないけど広場みたいになってて、空き箱がいくつか転がっている。ここは店員さんたちの休憩場所なんだ。
加宮さんはここでの先輩で、大学2年生らしい。大学生ってどんな感じなのかよくわかんないけど、加宮さんはなんだか大人。雰囲気とか。あたしも来年再来年には、加宮さんみたくなれるのかなぁ。とか。思ったり。


「え?わっ、うそ休憩時間とっくに終ってる!」

「だから言っただろー」

「あっ、ありがとうございました!あたし戻りますっ」


しまったー!ついついひょいぱくに集中して時間忘れてた!ここの店長さん、普段は優しいんだけど怒らせたらほんっと怖いんだよぉ!あたしは怒られないことを祈りながら、中へ続くドアを開ける。


「真島、あれいくつかポイントがあるんだぜ。それをことごとくミスってんだよ。今度華麗な見本を見せてやる」

「えー・・・やです!」

「あ?おまえうまくなりたいんじゃないのかよ?」

「そうだけど・・・自分でできるようになりたいんです!それじゃまたっ」

「・・・・・・」


そう言い残してあたしはお店に戻った。
最初は加宮さんの申し出を一瞬、一瞬だけ喜んだけど、それじゃあたしの気がおさまらない!
自分で練習して、自分でできるようになって、美清たちの前で見せ付けてやるって決めてるんだから!
・・・と大見得きったところで、「口でキャッチできるようになろう年間」・・・週間でも月間でもなく「年間」。
あたしのことだ、気長にいこう・・・。それにできるようになったって、せいぜい「ハイハイ、ガンバッタネー」とか言われて、頭なでなでされたりとかするだけだろうし・・・。
でも敢えてやるのは、やっぱりあたしの意地が許さないからなんだけどね!

 

 

 

「『口でキャッチできるようになろう年間』?なんだそりゃ」

「・・・そのまんま、ですけど」

「ははっ!週間でも月間でもないのかよ!おもしれーこと考えるな」


絶対そうつっこまれると思ってたから、誰にもこの抱負は言ってなかったんです!やっぱり言われたよ・・・。
加宮さんはそのネーミングが気に入ったらしく、こりゃいーなとか何とかおっしゃっている。かろうじてボケ!は引っ込めて、よくないわ!とだけ心の中でつっこみを入れる。すみません先輩なのに。だが、コレ以後一切誰にも言わないでおこうと心に誓う。
あたしがお店の裏で練習してるのを見られて以来、もともと休み時間があたし・加宮さんって順なのもあって、加宮さんとひょいぱくの話をするようになった。というか、散らかしてるから自然とその話になる・・・。


「で、いつからチャレンジしてんの?」

「・・・クリスマスの次の日から」

「じゃあ合計18日目ってわけか」


加宮さんはおかしそうに笑いながらそう言って、煙草に口を寄せる。
そんなに笑うことないのに。だってまだ新年始まったばっかりだよ?ひょいぱくなんて1年間を視野に入れた大チャレンジだよ?2005年始まってまだ13日しかたってないのに、すぐできるようになるなんて絶対無理。
むぅとした顔になっていたのか、加宮さんはあたしを見てまた笑ってポケットから何か取り出した。キシリトールのタブレット?


「誰かさんは毎日ここ散らかしてるけど、」


そう言って加宮さんはぽーんとちっこい粒を投げて、見事口で受け止めた。
きぃ〜!どうやってそう器用に口におさめられるの!なんだかずっと練習してるあたしが馬鹿みたいじゃん!


「おれは一発百中だからな。ほら、汚くならないだろ」

「百発百中です加宮さん。てか意地悪ですね!絶対自分でできるようになって、いつか見せつけてやりますから!」

「ほぅほぅ、そらごくろーさん。まさか真島がこんな面白いやつだったとはなー」


明らかに面白がっている加宮さんを横目に、あたしはまた練習を再開する。美清たちにはいい加減よく飽きないねぇって言われるけど。意地だよ、意地!
ひょーい。ひょーい。ひょーい・・・って横でくくくって笑いながら観察されてたら、誰だって集中できないよっ!


「真島の場合、高く投げすぎるのと手の向きが・・・」

「わー!何も言わないでください!」

「貴重なアドバイスも聞かないつもりか?」

「だって手借りたみたいで嫌なんですもん!」


はー、とわざとらしくため息をついた加宮さんは、見せ付けるようにもう1回タブレットをひょいぱくした。
にやっとしておいしそうに煙草をくわえた加宮さんをにらんで(もちろん冗談で)、あたしはお店へと戻った。

その夜、悔しかったけど自分のルールに反するけど忘れられるものなら忘れたいけどでも頭の中に入ったものはしょうがないじゃんって、加宮さんの言ったことを思い出して試しにやってみた。
・・・成功してしまったことは言うまでもなく、やっぱり悔しかったのも言うまでもない。

 

 

 

「美清。不本意だけど、できるようになったよ」

「何、不本意って。できるようになったんならいーんじゃない?お疲れー」


やっぱりそんな反応か・・・あたしはあんなに頑張ったってのにな!・・・あんなあっさりできてしまってやっぱり悔しいんですけど・・・まさに不本意!プラス不服!
今日もまだ弁当食ってる美清の前で、早速やってみせる・・・一発で成功。うぅぅ素直に喜べない・・・。
それにしても、なんだかひとりディナーショーみたいで嫌だな、おい。
美清のなんだか乾いた拍手で、あたしの「口でキャッチできるようになろう年間」は幕を閉じたのだった・・・。


「これでこれ以上食べ物が犠牲にならんで済むな」

「・・・・・・・・・そーだね」

 

 

 

「ほんっとーーーに不本意なんですけど」

「なんだそりゃ、不本意って」

「不本意なんですけど!加宮さんのお陰で、ひょいぱくできちゃいましたよ・・・あーあ」

「なんだよ、あーあって。おれがむしろ助けてやったわけだろ。感謝感謝。感謝すべきだね」


なんか・・・ひょいぱくの件でよく話すようになってから、どんどん加宮さんのイメージが崩れていくというか・・・。大人は大人なんだけど、なんか違うんだよね。や、悪い意味じゃなくて、むしろ面白いんだけどね。
前よりも親近感はわいたかな、うん。
やって見せてみって言われて、おなじみのチョコベビーを取り出す。ひょいっとひと投げ、ぱくっとひと飲み。
今まで散々失敗してるのを見られてたから、例えヒントをもらった上での成功でもちょっと嬉しかったりして。


「・・・もーちょい、何も言わんでおいた方が良かったかな」

「え!?」


そんなこと言ったって今更ですよ、加宮さん!!!ていうかそれがコメント!?てか何その予想外の反応!
やっぱりそう思ってるのが顔に出てたのか、くくって加宮さんは笑って口の左端を上げる。
大体こういう顔が、からかう時とか意地悪なことする時にする顔なんだって、わかってきた。


「そしたらもーちょい、噛みつかれるの楽しめたんだけどなぁ」

「・・・あたし噛みついてました?」

「思いっきりな。全身毛ぇ逆立てて」


ぐぅ。そんな覚えはないんだけど・・・あ、でも!もしかして失礼なこととか言ったりやったりしたかもしんない!
あ〜あたしの悪い癖だ。何かに夢中になってる時、他のことに気が回らないんだよ・・・あわわ。どうしよう!
あたしは顔の血が引いたのを感じながら、えぇとあのその、と加宮さんに何か言おうとするけれど、何をどう言えばいいのかわからずに口だけがもごもご動く。脳はすでに機能を停止した模様だ。
あ。加宮さんふって笑った。次いでにこぉって笑顔になる。


「真島さ、おれのこときらいか?」

「へ?」


あたしはとっさに、ぶんぶんぶんって首を横に振る。


「じゃあ、すき?」


ぶんぶんぶんって首を縦に振る。
YES/NOクエスチョンは頭を使わないで済むから、余裕のない脳には助かった・・・・・・て、え?
何、今の?しかもこれって条件反射じゃね?ちょ、ちょっと待ってくれ!
でも加宮さんは、そーかそーかと頭をくしゃくしゃ撫でだして、あたしはさっぱり訳がわからない。
一体なんなんだっ!


「んじゃ、合意ってことで」

「え?さっきから何なんですか?」

「ま、こういうことだな」


と、そこで加宮さんの顔が近づいて・・・ってうわぁ!そんなん実況中継してる場合じゃない!なんでっ!?
でももはや何が起きるかは明白・・・あたしはぎゅって目を瞑ってしまった。これも条件反射のひとつだよな。
けど降りてきたのは温かいものだけじゃなくて・・・え?え?や、ちょっと待っ・・・!?!?


「ちょ、加宮さん何すんですかぁっ!!」

「だって合意だろ?」

「そ、それなんか違うなんか違う!」

「それ、うまいだろ」


あたしは顔の血量がコントロールできない上に、ちょっと目まで潤ってきて、目の前の人のにやにやした顔は悔しいけど嫌じゃないし、何より何より今さっきので、あたしの口の中にはあのキシリトールのタブレットが押し込まれてた。
頭が飽和状態になったのか一瞬落ち着いて、タブレットを噛み砕く。うん、ミント味でおいし。
こっくりうなづいたあたしに、これまた清々しいほどにっこり笑った加宮さんはじゃらじゃらとタブレットケースを振ってみせる。


「絶対さ、投げたやつをおれが口移しで真島の口ん中に入れた方が、効率がよかったと思うんだよな」

「はぁ!?かかか加宮さん?」

「なんならやってみる?合意の下で・・・」

「だからなんか違いますってば!!!」


なんか・・・なんかなかなかおかしなことになってきた真島佳織18歳、受験生の冬(推薦合格済)・・・。
あたしは口でチョコベビーを捕まえたんじゃなくて、変な先輩(大人の先輩から降格決定)を捕まえてしまったんだろか・・・。聞こえが嫌だね、それね・・・。

 

 

余談。
あたしの受かった大学に、加宮さんも通っていることが発覚。不覚。


余談その2。
意外なことに、この後スキンシップは再びなくなった。だが時間かけて確実に落とされていったあたしなのだった・・・。ったく、ほんと加宮さんてわけわかんない。・・・あ!それともこれも策略か何か!?


 

終