幾千の時を越えて 8
――――――――――コンコン
……ん……
――――――コンコン
んぅ……
ガンガンガンガン!!!!
「うひゃぁ?!」
もの凄い音がしてベッドから飛び起きる。
え、な…何???
音の発信源は扉から。
目を瞬かせながら扉へと顔を向けたところで聞こえた声。
「フィーア、いつまで寝てるつもりだーー?」
……え??
壊しそうな勢いでガンガンと扉を叩いているのはどうやら雷焔みたいだけど…何で?
「フィーア!とっくに昼過ぎてるぞ??早く起きろー」
「えっ?!嘘!!!!」
雷焔のお昼という言葉に眠たかった頭が一気に覚めた。
勢い良くベッドから飛び起きると、慌ててクローゼットへと向かう。
「今着替えるからちょっと待っててーーー!!!」
そう叫ぶと、雷焔の返事も聞かずにバスルームへ飛び込んだ。
「ごっ、ゴメンネ雷焔。昨日ちょっと寝つきが悪くって…」
雷焔を待たせる事数分。慌てて身支度を整えた私は部屋から出てきた。
昨日さんざん何を着るか迷っていたくせに、寝坊したお陰で動きやすい…というか一番早く着替えられた服になってしまった。
「昨日身体をこき使ったからな。疲れすぎてて逆に寝れなかったんだろ。気にするな」
そう言って雷焔は優しく目を細めた。
「うん。そう言って貰えると助かるー。ありがと…それで、今日は何処に行くの?」
城の外へと向かって二人で廊下を歩く。
お昼時という事もあってあまり廊下には人が居ないみたい。
皆食堂にでも居るのかな。
「あぁ、街へちょっと野暮用」
「ふぅん…」
街へ、ねぇ…。結局具体的な場所は教えてもらえない。
前に街に連れて行ってくれるって言ってたからそれでかな?
昨日頑張ったご褒美とか??
私の疑問は増えるばかりだった。
「ご苦労さん」
雷焔は門番の兵士に一言そう告げて開けて貰った門から街の外へと出ていく。
私もペコっと頭を下げると雷焔に続いて門の外へと出た。
「うわーーー。これが、王都なんだねーー」
この前はヴィんディールの背中に乗ってお城まで来ちゃったから王都は空から見ただけだった。それからはずっとお城の中で生活してたから、実質これが初の王都に足を踏み入れたって事なんだと思う。
アクアリスも水の都だけあって結構人が居て賑わっているけど、王都はそれ以上の人が居て活気に満ち溢れていた。
お店の種類も豊富にあって、ココで手に入らないものはないと言っても良い位かもしれない。
まず最初に雷焔が立ち寄ったのはマジックショップ。アイテムを取り寄せて貰っていたみたいで何やら店主とお話ししている。
その間暇だから店内を物色する事にした。
店内をゆっくりと見て回る。
装飾品として使うアイテムや置物として使い物等色々あって、形も色も様々。
見ているだけで楽しい気分になってくる。
「……あ、これ…可愛いかも…」
色んなアイテムを物色してると一つだけ気になったアイテムがあった。
まるでそれに引き寄せられるかのように手に取る。
双龍が真ん中に赤い石を抱くように向かい合っているペンダントトップ。
シルバーのチェーンのところどころにも色んな色をした石が付けられている。
「えと…値段は…」
いち、じゅう、ひゃく…に、二万ルピ?!
ものは可愛くても値段は可愛くない……。
二万ルピって言ったら、お父さんの月収の半分もするじゃない…。
あーあ。駄目ね。買えるわけがない。
というか、この時代も通貨はルピなのかぁ…形も一緒なのかな?
というか、そもそもお金なんて持っていないんだった…。
「フィーア、それ気に入ったのか?」
買えないと分かってがっかりしながらも、何となく、諦めが付かないというか、諦めちゃいけないような気がして手にとって眺めていると、雷焔が声を掛けてきた。
「あ、うん。…でも高いから買えないなーって思って。その前にお金もないしねぇ」
そう言ってネックレスを元に戻そうとすると、雷焔が横からソレを奪った。
「それ、買ってやるよ」
「えぇ??良いよ。高いし!」
慌てて断ると雷焔はニヤリと笑った。
「別に、その値段くらいどうって事ないから。それに、そのネックレスは魔力を増幅させる効力があるからな。フィーアには必要なものだろ?」
どうって事ないって…一体雷焔て給料どのくらい貰ってるのかな。
断る私をよそに雷焔はさっさとネックレスを持って店主の元へと持っていってしまった。
「ほら」
「あ、ありがとう…」
折角雷焔が買ってくれたし、それをまた返すのもどうだろうと思って遠慮なくネックレスを貰う事にした。
早速買ってもらったネックレスを首に嵌める。
「どう?似合うかな」
「あぁ、良く似合ってる」
笑みを浮かべながらそう雷焔に言われて思わず頬が赤くなる。
「ありがと。大事にするね」
「そうしてくれ。…さ、次に行こうか」
私の頭をポンと叩くとお店から外へ出た。
歩いている途中にある市場で果物やお菓子を雷焔は大量に買い込んでいる。
なんだろう?お城に持って帰るのかな???
でも、お城の食堂でも手に入りそうだけど…。
「ねぇ、その買ったものどうするの??」
「あぁ、これか?土産だよ」
「お土産??」
「そ」
そう言いながらどんどん裏通りへと進んでいく。
誰に?と聞こうとしたところで雷焔が立ち止まった。
「ココが今日の目的地」
両手に荷物を持っている雷焔は顎で建物を指した。
「…ここって……」
他の家に比べたら大き目の庭がある家。
家自体も結構部屋数がある事が伺える。
その家を眺めていると、扉が音を立てて開け放たれる。
「ああーーーっ!雷焔兄ちゃんだーーーっ」
大きな声と共に子供が家から飛び出して来た。
それも一人じゃない。十人以上いるみたい。
「え?え??」
私が戸惑っている間に雷焔は、その沢山の子供たちに囲まれてしまった。
「あら…雷焔、いらっしゃい」
子供たちが出てきた扉から、優しそうな表情をした女性が出てきた。
その女性は40代後半から50代前半くらいの年齢かな。
お母さん。て言葉が良く似合う女性だ。
そんな事を観察しているうちに、雷焔は子供たちに連れられて行ってしまって、ポツンと一人。
………どうすれば?
「あら。貴女、雷焔と一緒に来たのかしら。…暫く子供たちから解放されないでしょうから、中に入ってお茶でも飲みましょう?」
そう誘ってくれた彼女が天使に見えた。
「え。じゃぁ雷焔て孤児なんですか?」
リビングでカルラさんに紅茶をご馳走になりながら二人でお話ししている。
雷焔はといえば、庭で子供たちと遊んでいる。
「えぇ、そうなの。ここの前に捨てられていたのよ」
「そう、だったんですか…」
「雷焔は10歳の時に此処を飛び出してね、何も言わずにギルドに登録しちゃったのよ。たまにふらっと帰ってきて、あぁやって他の子達へのお土産を持ってきて。それに私へ援助もしてくれた。ギルドで稼ぐなんて危ない仕事させたくなかったから始めは断ってたんだけどね。何を言っても聞かずにまた此処から出て行ってしまうから最終的には私も諦めたのよ」
「へぇ…やっぱり雷焔てギルドに居たんだ…」
王宮魔導士にしては何処か違うと思ってたのよね。
第一、魔導士っぽくないもの。
「今ではあんなに立派になって…魔術の方も殆ど独学なんだから、雷焔には驚かされるわ」
「えぇっ?!独学??」
「えぇ、そうよ。学校に行くお金なんてなかったし、その年頃には既にギルドに居たもの」
「そっか…そうですよね…」
雷焔が独学?…それであんなに強いの?信じられない…よほど頑張ったのか、ギルドでの仕事が辛かったのか…。どっちにしてものほほんと暮らしてきた私とは大違いだわ。
あれ……でも……?
「ところで、フィーアさんは雷焔の恋人なのかしら?」
ふと引っかかって、考えていると、優しい表情でカルラさんが尋ねてきた。
「えっ!そんな…ただの弟子ですよ」
「ふふ…フィーアさんは雷焔が好きなのね?」
「あ……はい」
私の顔は間違いなく真っ赤になっていると思う。
時雨さんの時といい、そんなに私って分かりやすいのかな…。
「今まで此処に一度も他の人を連れてきた事ないのよ?…案外、両思いだったりしてね?」
「えぇっ?…そうなんですか?」
「えぇ、母親の勘…てやつね。応援するわ。頑張ってね?」
「はい。有難うございます」
私は笑みを浮かべてカルラさんの言葉に頷いた。
…とは言っても…頑張っていいのかどうか、良く分からないんだけどね…。
それから私たち二人は、雷焔が戻ってくるまで恋の話しや雷焔の話しで盛り上がった。
雷焔の家からお城への帰り道。
気になる事があったので雷焔に聞いてみることにした。
「ねぇ、雷焔。カルラさんが言ってたけど、雷焔て学校に行ってないって本当?……でも、王様とは学校が同じだったって言ってたよね?」
「あぁ…ぁー…それか。どっちも本当だっていうのが、正解……なのか。……んー。城内じゃ流石に全ての事は話せないからさ。話の一部だけを言っているだけなんだが…まぁ、フィーアなら良いか。……これはオフレコだから、絶対誰にも話すなよ?知ってんのは、俺と時雨とデュークだけだから」
真剣な顔をして私を見下ろしてくる雷焔に、神妙な顔をしてコクリと頷く。
…デューク、デュークって……王様を呼び捨てにするとか、雷焔てば何者……。
聞いた話をまとめるとこういう事らしい。
ギルドで依頼をこなしながら生計をたてていた雷焔の元にひとつの依頼が舞い込んできた。
各地を巡る旅のお供に魔術を使えるSランクの人を一人雇いたいというもの。
それを受けた雷焔の前に現れたのは、お供を一人、時雨さんだけを連れたデューク王だった。
雷焔、15歳の春の出来事。
身分を隠してお忍びでの各地を視察する旅をしたいというデューク王のお供をして、半年ほど共に過ごしたらしい。
その時、デューク王は置手紙だけで城を抜け出していたらしく、城の中では相当な騒ぎになっていたようだ。
その旅の間に雷焔の腕前にほれ込んだデューク王は、将来登城して王都魔導士になってほしいと頼み込み、それなりの経歴がないと駄目だから、自分の通う学校へ入学させた。
もちろんそれは雷焔への依頼ということで、孤児院への援助をするというのが前提条件だったらしい。
それまで独学だったにも関わらず、雷焔は最終的には魔導部門に関しては主席で卒業し、登城する事となった。
そして今では、筆頭魔導士という地位にまで登り詰めたという事だ。
そんなんで良いのか、デューク王…とか色々と思わないでもないけど、結局彼の真贋は確かだったという事だろう。
そして、その時の旅を生かして今の手腕があるというのだから、当時の城にいた御つきの人たちにはいい迷惑だったのだろうけど、間違った事ではないのだろう。
「雷焔、今日はありがとう。雷焔の育った家も見れたし、本当に楽しかった。あと、ネックレスも嬉しかったよ?」
「いや、俺もつき合わせちゃって悪かったな」
「ううん。カルラさんも凄く優しい人だったし、子供たちも可愛い子ばっかりだったもん。……また、連れて行ってね?」
「あぁ。……じゃぁ、また明日。明日は、寝坊するなよ?」
「もーー。いつもなら寝坊しないよ」
プゥっと頬を膨らませる。
「ははっ。じゃぁな」
「うん。また明日。お休みなさいー」
雷焔が隣の部屋に入ったのを確認すると、私も自室へと入った。
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