幾千の時を越えて 5
「ホラ、もっと手のひらに集中して!」
「ヴ〜〜〜……」
眉間に皺を寄せて手のひらに全神経を集中させる。
両手の真中には白く光る球状の物が出来ている。
……後、もう少しで完成…
「……あっ!」
気を抜いた途端にシュルルっと玉は小さくなって消えてしまった。
「ぁ〜あ。折角今度こそ出来ると思ったのにぃ…」
どっと体に疲れが来て、そのまま床に座り込んだ。
「集中力が足りないな。…ついでに言うと、体力と魔力もな」
「ぁう〜〜…それって、イイトコなしってやつじゃないのぉ〜〜〜」
厳しい雷焔の言葉にさらに体に疲れが来た。
今日から特訓が始まって、地下に雷焔と来ていた。
本がある部屋に結界を張って魔術の練習をしている。雷焔の張った結界は外側からではなく、内側からの力に対して効力を発揮するようになっていて、私が術を暴走させてもお城どころか、部屋の隅にある本棚や机には一切の被害は無いようになっている。
範囲を自分で決められちゃうなんて、本当に雷焔は凄い魔導士だなぁなんて、尊敬の念を抱いた。
「魔力は…まぁ、ある程度までなら何とかなるから、まずは集中力と体力つけなきゃならねぇな」
「えぇ〜大変そう…魔王復活までに何とかなるのかなぁ…」
「俺様のプライドに掛けて何とかしてやる。…覚悟しとけ?」
腰に手を当てて口端を上げた雷焔に、ビシっと指を指されて止めを刺された。
「ま、さっき教えたのでとりあえずは封印の術は構成出来てるんだぜ?集中させて玉を作り上げれば完成…っとな?」
…簡単に言ってくれるよぉ…そこが一番難しいのに。
何で、雷焔は一瞬であの玉作り上げられるわけ?
じとっとした目で雷焔の作った玉を見つめる。
それに気づいた雷焔が、僅かに苦笑をして作った玉を散らせた。
「素質が無いって言ってるわけじゃないんだ。そんなに落ち込むな」
「それに近い事は言ったし!」
「そうだったか?」
しれっと嘯く雷焔。悔しいったらありゃしない。
「んじゃ、一旦休憩」
「はぁ〜い」
疲れていて元気はないけれど、返事だけは元気良く。
手を上げた後、よいしょ、と言いながら立ち上がると、雷焔に喉を鳴らすように笑われた。
――――もう!
一度結界は解除されて、部屋の隅にある机へと向かうと、休憩するために椅子をもう一個持ってきたので、それぞれそれに座る。来た時に持って来たクッキーと既にぬるくなってしまった紅茶に口をつけた。
「はぁ〜〜〜。お茶はぬるいけど、ちょっと癒されるぅ…」
コツンと額を机に付けて顔を伏せる。
「何だ、フィーアはもうお疲れか?」
頭上から声が降ってきて顔を上げると、隣に居た雷焔の視線とぶつかる。
その顔は呆れてなどはいなかったけれど、心配もしていない様子。
ただ、確認したという感じ。
玉を作る練習しかしていないけど、もう少し心配くらいしてくれてもいいと思うのだけど。
内心拗ねながら――もしかしたら、視線にその気持ちが乗っていたかもしれないけど――はふ、と息を吐いた。
「だってぇ。なけなしの魔力しかないのにあんなに放出してたら疲れるよ」
「ん、そうか。…じゃぁ、ちょっとだけ魔力を分けてやろう」
そう言って、雷焔は私の頭に手を置いた。
「えっ。そんな事も出来るんだ」
「まぁな」
頭に置かれた雷焔の手がどんどん暖かくなって、私に魔力が流れてくるのが分かる。
…何か、ちょっといい気持ちかも…。
自分の少ない魔力に混ざり合う雷焔の魔力。
人それぞれ持っている魔力の性質は似ているようで少しずつ違っている。
完全に混ざることはなく、自分の魔力を包むようにしているような気がして、不思議な感じがした。
「ほい、終了。そのお茶飲んだら、練習再開するぞ」
「はぁい」
渋々ながらも返事をすると、極力ゆっくりとお茶を飲み干した。
「ム…ッ…ク…」
再び掌に精神を集中させて、光の玉を作る。
…あれ?自分の魔力じゃないからから…凄くやりやすいんだけど…。
「ぉ。結構いい調子じゃねぇの?…そのまま、集中させて」
「ぅん……って…!!!!!」
頷いた瞬間、掌の中に集まっていた力が膨れ上がって、破裂した。
まぶしい光で一瞬視界が真っ白になり、それを避けるように目を瞑る。
「ぅきゃ〜〜〜〜〜っ!!!」
あたり一帯に爆発音と白煙が上がり、それに混じる私の悲鳴。
声を上げると同時に埃を思いっきり吸い込んで、ゴホ、と咽返ってしまう。
「っ…フィーア。大丈夫か?」
「うぇ〜〜〜…なんとか…」
やっと煙が消えて、無事を確認する雷焔の声と姿が見えた。
当然ながら雷焔は無傷。私はと言えば、もう髪もグチャグチャで服もボロボロ。
「雷焔の魔力って術を作りやすいけど…私がコントロールするのはちょっと難しいかもぉ…」
ハハ…と力なく笑ってみる。
すると雷焔は『はぁ』と小さく息を吐いて、着ている上着を私に掛けてくれた。
ついでに回復魔法も。
「とりあえず、今日はこの辺で解散。俺は午後から別の仕事があるからな。明日からは集中力と体力を付ける為の何かをやろうと思ってるから」
「はぁい…って、何かって、何?」
「ソレは秘密だ」
ニィと笑みながら人差し指を唇に当てる。
その姿は様になっていて凄くカッコいい。カッコいい…ケド。
「何ソレ〜〜〜!!!」
「明日になってからのお楽しみという事で」
何かって何?!私、どんなことやらされる訳??
こ、怖すぎるよぉ〜〜〜〜。
「じゃぁ、そういうことだから。上に戻ろうぜ?」
「えっ、うん」
はぐらかされたと分かってはいるものの、これ以上聞いても教えてくれそうにない。
明日どんなことをさせられるのだろうと内心冷や汗をかきつつも、それ以上聞くことは諦めた。
雷焔は部屋に張ってあった結界を解いて部屋の外へと既に移動しているので慌ててその後を追いかけようとすると、本棚が目に入り、あ、と小さく声を上げる。
その声に気づいたのか、雷焔がこっちを振り返ってくれた。
「あ、ねぇ。雷焔。あそこにある日記、読みたいんだけど」
「ん?あぁ。それはお前も呼んで置いた方が良いかも知れねェな。…お前には知る権利があるだろうし。部屋に持っていけよ。無くすなよ?」
「えっ!部屋で読んで良いの?」
この疑問はもっともだと思うのよ。だって、国家機密だよ?ある意味国宝級なんじゃないの?コレ。
「別に、後ろに書いてある術作ったって何の効力もないし?別にいいだろ。ただし、読むのは自分の部屋でな?この部屋に持って帰ってくるのは俺がやるから読み終わったら言ってくれ。…それとも、一人でこの部屋にいるか?」
「やっ!遠慮しておきます!」
一人でこの部屋に居るなんてとんでもない!
帰り道分からないし(迷路になってるから一生掛っても覚えられないと思う。)、薄暗くて何か出そうだし。
絶対無理!!
「じゃぁ、素直に持っていけよ」
「はぁい。そうします…」
私は慌てて日記を手に取った。
本の護衛について来た雷焔は、私が部屋へと入るのを見送って別の仕事へと向かって行った。
未だに部屋を覚えきっていなくて、迷子になる恐れがあるから護衛がなくても送ってはくれるのだけれど。
本を読む前に、魔術の失敗でボロボロになっていたから、一先ずお風呂。
雷焔が貸してくれた上着を脱ぐとふわりと漂う香りにうっすらと頬が赤くなる。
……私は変態か。
首を振って気を取り直すと、テーブルの上に上着と日記を置いてバスルームへと向かった。
広々とした浴槽に良い匂いのするオイルを数滴。
ゆったりと湯船に身体を沈めると、香りと暖かさに強張っていた身体が柔らかくなって行くのを感じる。
少なくなってしまった魔力はまだ戻っていないけど、こうやって居るだけで徐々に回復して行くのが実感できる。
「あーあ……初日とは言え、情けないなぁ…こんなんで本当に魔王なんて倒せるのかな…」
考えないようにしていたけど、言葉にしてしまえばそれは酷く不安なものとして胸に渦巻いてくる。
浴槽の中で膝を抱えて座り直すと、その膝の上に顎を乗せて下を向く。
水には情けない顔をした自分が映っていた。
「……駄目駄目。折角雷焔が時間をとって教えてくれるんだもん。頑張らなきゃ。元気だして行こう」
おー。と一人拳を握る。
それに呼応するかのように、バスルームに響いた私の声が、おーと返してくれた。
お風呂から上がると、ふかふかのベッドに寝転がって早速日記を開く。
『これを読むかもしれない、私の血縁者へ』
最初の1ページ目にそう書いてある。
日記じゃなくて、手紙…?
最初に魔王と戦った少女。
どういう人なのか、凄く興味があった。
1ページ目はそれだけなので、もう1ページめくった。
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私が此処に来てからの事、貴方がこれを読む事になってしまった理由を記しておきます。
この時代は、私が生まれた時代よりも何千年も前。
私がここに来た時、まだ大陸には国交という概念は存在していなかった。
小さな国と国がいつも小競り合いを起こし、徐々に大きく膨れ上がっている途中だった。
人間同士が憎しみ合い、奪略し合う。そんな世の中だった。
ある日、何の前触れも無く、ある日突然異空間から魔王が姿を現した。
彼は手下を使って人間を支配しようとしていた。
魔王がこの世界に居るというだけで普段は大人しい魔物ですら凶暴化して、人間同士で争っている状況では無くなった。
そんな中、私は空からこの時代に降って来たのだ。
何故かは私にも分からない。
自分の部屋の扉を開けたら、そこは自分の部屋ではなく、空の中だった。
「あ」
と思った瞬間には身体は地面に向かって落ちていった。
無我夢中でなけなしの魔力を総動員して、地面すれすれのところで浮遊術を使い、何とか地面との衝突は免れた。
しかし、落ちた場所が悪かったと思う。
そこは、各国の代表が一同に会した場所。魔王を倒すために、初めて国と国が協力しようとしていた。
しかも、会議の前にそれぞれの神へと祈っている最中で。
天の使いだとか、救い主だとか彼らは口々に私を崇めた。
ちょっと魔術が使えるだけの、ただの女の子だと言うのに。
この時代にはまだ『魔術』という概念が無くて、私が宙に浮いたのは神の力だと思ったのだ。
大勢の人の期待の眼差しを受けて、私は訂正する事も、断る事も出来なくなってしまった。
言う事が出来たのは、魔王を倒すためには皆の協力が必要だという事だけ。
各国は民衆に呼びかけ、魔王討伐隊を結成した。
魔王を恐れる人々の中、何百人もの勇気ある人たちが自分達の自由と、平和な暮らしを求めて立ち上がったのだ。
討伐隊と言うからには、やはりリーダーと言うものが必要で。
かなりの大人数をまとめ上げるにはそれなりの人物でなければいけなかった。
各国の王達がその役目を擦り付け合っている中、28歳という若さで王座に就いたアシュヴァル・ローディスという名の王が名乗りをあげた。
その瞬間、他の王達が安堵の溜息を漏らしたのを私は知っている。
……そんなに、保身が大事か、と思ったものだった。
僅かな時間で討伐隊の組織を作り上げると、魔王の住む城へと向かった。
途中、襲ってくる魔王の手下や、凶暴化した魔物などと戦い多くのメンバーが死傷した。
この時になって私はようやく気づいた。
回復魔法が使えるのは自分だけだという事に。
当然だろう。ここには魔術は存在しないのだから。
何で失念してしまっていたたのだろう。もっと早くに気づいていたら。こんなにも多くの犠牲を出さなくても済んだかもしれない。自分の愚かさにかなり自己嫌悪に陥った。
この時代に魔術の概念というものが無くても、魔力のある人は沢山いた。
これ以上死傷者を増やさないために、自分の持っている魔術に関する知識の全てを素質のある人たちに教え込んだ。
まさか自分が習っている魔術の基礎は自分が教えたものだなんて、思いもしなかった。
基本的なものしか知らないから、私が生まれる時代までに今教えた人達や、その弟子達が試行錯誤で魔術を発展させて行ったのだろう。
魔王の住む城までは、遠く険しく、半数の人が犠牲になった。
そんな状態の中、私は恋に落ちてしまった。
アシュヴァル。
この名前を聞くだけで、胸が震え上がった。
大勢の人数を統率出来るだけの頭の良さ、資質。誰にも引けを取らないほどの剣の腕。そして優しさと気遣いを忘れない心。
敵と戦うという極限的な状態の中で、恋に落ちてしまうのは必然だったのだと思う。
不謹慎だとか、彼には妻子もいるだとか、色々な思いが頭を巡った。
諦めようと、ずっと胸にしまっていようと思ってた。
なのに、彼は私を愛してしまったと、告白してきた。
その言葉に、私は喜びに震え上がり、気持ちを抑える事など出来なかった。
魔王の城は孤島にあって、船がないと近寄れないところにあった。
船の調達のために寄った街がこの旅の最後の街になるという事で、1日だけ隊員達に休暇を取らせた。長い道のりをここまで戦いながら来たのだ。精神的にも体力的にも皆参っていたから。
…そして、私はその日、彼に純潔を捧げた。
彼と一つになった最後の瞬間、私の頭の中が真っ白になって。
頭の中に一つの構造が浮かび上がって、その他にある言葉を聞いた。
それは神からの天啓ではないかと、私は思っている。
彼と結ばれた後、私の中に沸々と湧き上がる魔力に気づいた。
『女性は純潔を捨てるとある程度の魔力がつく』
と言う話を聞いた事がある。
でも、私の中で生まれた魔力は『ある程度』なんてものじゃなかった。
自分が自分でなくなってしまったような、不思議な気分で。
この魔力と、天啓により授かったあの構造。この二つがあれば魔王に勝てるかも。
そう思った。
なんとか魔王のところまで辿り着いて、皆で力を合わせて魔王の体力を削った。
魔王が弱っている状態じゃないと、あれは利かないから。
全精神を集中させ、構造を組み上げた。そして、魔王にソレを解き放つと彼の身体から魂が抜け光の玉に封じられた。
魔王が倒れると、僕だった魔族たちは異空間へと逃げ帰った。
私達は、この戦いに勝ったのだ。
本当は、この時点で私は元の世界に戻るのだと思ってた。
あの時聞いた言葉は、
「役目が終わったら元に帰れるよ」
というものだったから。
でも、私は帰ることが出来なかった。
多分、役目が終わってないからだと思う。
今でも私の手元にある魔王を封印した玉。
これをどうにかしなければいけないのだろう。
魔王を倒してから3ヶ月近くの時が過ぎて、アシュヴァルは戦いにより滅んでしまった国に住む人たちの支持が集まり、自国と、滅んでしまった国を統合し大国の王となった。
アシュヴァルは私を妻にすると言って来た。凄く嬉しかった。だけど、私はここには居られなくなるし、后と王子に申し訳がないから断った。
その代わり…という訳ではないけど、アシュヴァルの城の地下にある宝物庫に魔王を封印した玉を置いてもらうことにした。
私は、ほんの少しだけ魔術を失敗していた。
魔王を完璧に封印する事ができなかった。
というのも、私の魔力より魔王の方が上回っていたから。
どのくらいの年月かは分からないけど、いずれ魔王は復活してしまうだろう。
なるべく長い間、封印されるように、玉を置く祭壇にさらに魔術を施した。
そして、私は自分の血に呪いをかけた。
先祖だか子孫だかは分からないけど、私の血を引く者の誰かが魔王を倒さなければならないというもの。それは誰かが完全に魔王を倒すまで、未来永劫続く呪いだ。
本当は、そんな事したくはなかった。だけど、あの術はただ構造を組み立てればいいって訳ではなかった。私の血を光る玉へと垂らす事で完全なものになるのだから。
明日、祭壇が完成する。
私の推測が確かならば、私は明日にはここには居ないだろう。
私の後に魔王を倒しに呼び寄せられた人の為に、魔術の構成図を記しておきます。
どうか、辛い戦いにならないことを祈っています。
フィリア・エルクス
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