お気に入り
多分、ここがこの街で一番空に近い場所。
最初はこんな高くて、人が一人、座れるか座れないかのスペースしかないこの場所が怖くてしかたなかった。
でも、浮遊術を完璧にマスターした今では、一番のお気に入りの場所。
綺麗な空が近くに見えて、遠くまでも見渡せるから。
何よりも、こんな場まで来れる人は殆ど居なくて一人になれるから。
一日に一回は此処に来ている気がする。
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「ちょっと、雷焔様の知り合いだか知りませんけど、図々しいんじゃありません?」
地下から雷焔と出てきて廊下で別れた後の事。
数名の女中さん達にあっという間に囲まれて、人目につかない廊下の隅へと追いやられた。
そして第一声がさっきのセリフ。
はぁ…こういうのは、どの時代でも変わりないんだなぁ…
私が黙っているのが気に入らないのか、更に彼女達は何かを言っている。
「…いい気になっているんじゃないわよッ」
一人の女中さんが振り上げた手が、私の頬へと命中した。
私は避けるつもりも無かったのだから当然だけど。
「…気は済みました?」
わざと低い声を作って冷ややかに言ってみせる。
するとみるみるうちに彼女達の顔が真っ赤に染まった。
まぁ、当然だよね。私もこんな事言われたら余計に怒るよ。
妙に落ち着いた気持ちで彼女達を観察している自分が居る。
毎日の訓練でクタクタになっていて、まともに彼女達に付き合う気力がないんだもの。
さっさと終わらせたい。
…と言っても、これじゃ逆効果かぁ…うーん。どうしたものかなぁ。
「ぁ?皆集まってどうした?」
不意に声を掛けられて、彼女達の肩がビクリと震えた。
「時雨さん」
声を掛けたのは時雨さんだった。
何ともイイタイミング。
「何?フィーアちゃん苛められてるわけ?」
ニヤリとした笑みを浮かべている時雨さんは、何とも興味津々の顔をしていて、明らかにこの状況を楽しんでるみたい。
ほんっと、イイ性格してるよね。
「いいえー。別に、苛められてなんて居ませんよ?彼女達、時雨さんのファンなんだそうです」
ニッコリと笑みを浮かべて言う私も相当イイ性格してる。
最近、時雨さんの苛めっ子体質がうつってきたんじゃないかなぁ…
「えぇ?そうなんだ?じゃぁ、これから俺と遊びに行こうか?」
得意のタラシ笑顔全開で言う時雨さんに、女中さん達は真っ赤になって頷いた。
何処に行くかとかそう言う相談をし出したのを横目に、輪から抜け出した。
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「何か、今日は疲れたよ…」
沈む夕日を見ながらボソリと呟く。
彼女達の気持ちも分かるんだけどなぁ…でも、今の状況を利用して傍に居たいとか思っちゃ駄目かな。
「でもなぁ…あぁやって時雨さんと遊びに行く辺り、只のミーハーって気がするんだけど…」
「誰がミーハーだって?」
「あれ。雷焔ー」
「まぁた此処に居るのか。随分気に入ったみたいだな?」
「うん。凄く好き」
「そうか」
笑いながらグシャグシャと頭を撫でる雷焔の顔をじっと見つめる。
「どうした?」
「ううん。雷焔の顔、夕日で真っ赤ー」
宙に浮いている雷焔は、私の言葉で夕日の方へと顔を向けた。
「もうそろそろ全部沈んじゃうね」
「あぁ、そうだな」
その後は黙って二人、沈んでいく夕日を見つめた。
彼女達には申し訳ないけど、いつか来るその日まで傍に居させてください。
この街で一番空に近い場所。
それはお城にある塔のテッペン。
誰にも邪魔されずに、魔王のことなんて忘れて雷焔と二人っきりになれる場所。
この場所が私の一番のお気に入り。
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