サ○○クロ○○に願いを



師も走るぐらいに忙しい…らしい、12月。
どこを見てもクリスマス一色。
イルミネーションやらツリーやらがそこら中に溢れていて、どの店に入ってもクリスマスソングが流れている。

「なぁにが、『クリスマスお勧めデートスポット特集』よ」

立ち寄ったコンビニで、暇つぶしに物色していた雑誌はどれもそんな文字が並ぶ。
唯はトゲトゲしい口調で呟いた。
そのまま何も買わずに外に出ると、白い息を吐き出しながら駅へと向かって歩き出した。



何が恋人と過ごすクリスマスよ。本来なら家族と過ごす日よっ。
…まぁ、クリスマスを一緒に過ごす家族も友達もいないけどねっ。



ブツクサと呟きながら、鬼の形相で歩く姿は何とも近寄りがたい。
クリスマスイブ、しかも土曜である今日は、唯が歩くオフィス街に人が居なかったのは唯一の救いだったのかもしれない。

「サンタめ!居るなら私に素敵な出会いを寄こせってのよ!コンチクショーーー!!!!!」

秋月唯、22歳。彼氏居ない歴4年。
田舎から上京してから家族も、親しい友達も、彼氏も居ない彼女の恒例となりつつあるクリスマスの虚しい叫びだった。




「あれ?いつの間に間違えてたんだろう?」

慣れた筈の駅までの道、クリスマスについてブツクサと呪いの言葉を吐いているうちに、いつの間にか違う道を歩いてしまっていた。
高いビルに囲まれた狭めの路地。
繁華街であれば少々危険そうなこの道も、オフィス街ではただの薄暗い細い道。
立ち止まって前方に視線を向ける。
通りに面するまで結構距離があるようだ。
振り返って元来た道を見ると、そう遠くはない。
戻った方が早いだろうと判断すると、踵を返して足を踏み出した。

その時、誰もいない筈の背後から「お嬢さん」と呼ばれた気がした。
確かめようと振り返ったつもりだったが、グニャリと視界が揺らぎ、意識がブラックアウトした。

完全に視界が閉じる直前に、サンタクロースのような格好をした人物が居たような気がしないでもない。






「ん…」

ぼんやりと戻ってくる意識。
ゆっくりと開けた瞼、はじめに飛び込んできたのは黒いレースの付いた天蓋だった。

「?!」


な、何?!ここ、どこ?!


見慣れない景色に意識が一気に覚醒する。
ガバッと勢い良く起きあがったら、ズキリと頭に痛みが走り思わず手で押さえた。

「…ラブホ?まさか、ねぇ?」

恐る恐る広いベッドを見るが、唯以外に誰も居ない。
だが自分の部屋ではない事は明白で、先ほどとは違う意味で頭が痛くなり両手で頭を抱え込んだ。


ドラマや小説じゃあるまいし。気づけば知らない部屋で、知らない男と寝ましたーなんて事になっているんじゃないでしょうね?
サンタ、恨むよ?出会いをくれって言ったのは私だけど、こういう行きずり的な出会いを求めた訳じゃないのよ。


「あ、そうだ!服は?!」

今更ながらに布団を捲り、中を確かめる。
どうやら服は着ているようだ。
お気に入りのプリーツスカートが若干皺になっているのが見えて、少し悲しくなった。

レースをめくってベッドから床に降り立つと、そこはとてつもなく広い部屋だった。
唯の住んでいる1Kの部屋がすっぽりと入ってしまうぐらいだ。ハッキリ言えば、それ以上に広い。
ゴシックなドレッサーにソファーとテーブル。
キングサイズのベッドが置かれているにも関わらず、まだまだ空間に余裕がある。
一通り室内を見渡した後、バルコニーへと続く床から天井まである大きな窓へと近寄って行く。

「これは、ラブホじゃない事は間違いない…でも東京にこんな家って建てられるの?」

一体此処はどこなんだと途方に暮れるが、何となく扉から向こうへと行く気になれない。
知らない場所ではむやみに出歩かない方が身の為だと思ったからだ。

「えーっと…これは、夢、デショウカ?」

大きな窓の向こう、バルコニーの更に先には広大な大地。
家が固まっている場所と、遠くにある森までもが見渡せる。
どう考えても今居る場所はそれなりに高い位置にあるのだろう。
何よりも、唯が住んでいた東京では無い事は間違いなかった。


これは、夢だ。夢に違いない。



そう思った唯は思いっきり自分の頬を抓った。

「いっっっったーーーーーーーいっ!!!」

自分で抓ったくせに、全く以て手加減なし。
絶叫しながらヒリヒリと痛む頬を慌ててさすった。

「夢じゃないの?マジで?!」


気を失っている間に一体どこに連れて来られちゃったわけ?!
私を攫ったって、身代金なんて一円たりとも取れないっつーの。


「目が覚めたか」

そんな声が背後から聞こえて、振り返った唯は絶句した。
目を見開いて、部屋に入ってきた『モノ』を凝視する。


何?この2頭身は。


チマチマと唯に向って歩いてくるそれ。
50センチくらいの高さの2頭身の…人?
2頭身と言っても未来から来たネコ型ロボットではない。
先ほどの声の主であるのならば、見た眼からしても人ではあるのだろうが、いかんせん2頭身。そして背中からは蝙蝠のような羽が生えていた。
さしずめ喋って動く人形と言ったところか。

「城の前に倒れていたんで運んだんだが、気分はどうだ?」

「は?え?」

可愛らしい見た目とは全く正反対のしゃべり方。そして程よく低い声。
ハッキリ言って不似合いな事この上ない。
唯の思考は既に停止していて、まともに返答する事など出来なかった。

「だから、気分はどうだ?と聞いているんだが?」

「あ、えーっと元気です?」

「何で疑問形なんだ」

「いや、あの、まだ頭が混乱してるっていうか何て言うか。そもそも此処は何処なんだとか、何で2頭身が喋っているんだとか、色々思う事がある訳で?体は元気だけど全てに於いて元気ではないと思う訳で」

と唯が息継ぎせずに一気に話すと、2頭身は納得したように頷いた。

「お前は、勇者共の言うところの【許しの女神】ってやつだな。魔王と勇者の戦いを終わらせるキーパーソンだ」


ゆ、勇者とか魔王とかって、何?ド○クエかっつーの。頭オカシイんじゃない?って言いたいところだけど、相手は2頭身だし、存在自体がそもそもオカシイわけで…オカシイのは私の頭の中身か?いかん。訳が分からなくなってきた。


「その、乙女が私だって何で分かるわけ?」

「お前が話している言葉はこの世界には無いものだからな。どこぞより召喚されたんだろう、と想像がつく」


言われてみれば確かに。何で言葉が理解出来るのかは分からないけど、2頭身からは知らない言葉が発せられてる。
例えて言うなら私が話した日本語に対して英語で返答しているような感じ。…まぁ、英語よりもさらに難解な音なんだけど。
魔王とか、勇者とか召還とか、ゲームや小説じゃあるまいし、そんな非現実な事って…



「いったぁぁぁぁぁい!!!!」

再び自分の頬を抓って唯は叫び声を上げた。

「何、やっているんだ?」

呆れたように唯の言動を見やる2頭身。

「や、これは現実なのだろうかと確認をね?」

「…なるほど?」

そんな事を話していると、部屋の扉がノックされた。

「魔王様。お茶をお持ち致しました」

その言葉と共に入って来たのは黒いメイド服を着た女性。普通と違うのは頭に角があるあたりだろうか。

「あぁ、そこに置いてくれ」

2頭身が差したテーブルにティセットを置くと、一礼して部屋から出て行った。
彼はソファに座ると、自分の顔の半分はあろうかという大きさのカップを両手で持ち上げると、一口お茶を飲んだ。

「どうした?立ってないでお前も座って、茶でも飲んで落ち着けば?」

そう促されるが、唯は眼を見開いて優雅そうにお茶を飲む2頭身を凝視した。

「ま、魔王?あなたが?」

「そうだ。魔族が住む魔国の王、ユージンだ」


何ですって?!この2頭身が魔王?
普通、勇者とか王子様とかそこら辺に召喚されて、一緒に悪い奴やっつけましょう的なのがセオリーでしょ?
そんでもって、戦いの中で素敵な殿方と深まる愛。悪い奴倒して二人は結婚してハッピーエンド。
それが王道ってやつじゃない!!!
それなのに、何でこんな2頭身の魔王に拾われなきゃならないわけ?
素敵な出会いを!と望んだはずなのに。
ここが異次元らしいって事はこの際譲ろう。
だけど、出会ったのがこんっっっな2頭身だなんて!



唯が願ったサンタクロースに沸々と怒りを沸かせている時だった。
窓の外からガラン、ガランと低い鈴の音が聞こえてきた。

「な、何あれ…」

唯はその音の正体を見て目を見開いた。
空を颯爽と移動しているのは一匹の大きなドラゴン。
首には神社にあるような鈴をつけ、鋼でできたソリを引いている。
手綱を手に取り、ドラゴンを意のままに操っているのは、一人の男。
サンタクロースのように白いボアの付きのコートを着ている。服の色は赤ではなく黒だが。
そして男もまたサンタクロースのように髭の生えた恰幅の良い老人では無かった。
中々見目の良い男である。

「サンタ…クロース?」

茫然となりながらも唯は呟いた。
良く言われている姿とは全く違うが、ソリで空を駆けると言えばサンタクロースだろう。


「あぁ、アイツが姿を現すなんて珍しいな」

いつの間にかユージンが隣に来ていた。
そして彼は唯の呟きの答えを口にした。

「アイツはサタンクロウズ。この時期になると奴は気まぐれで願いを叶えたりするのだ。小さい願いから大きい願いまで。気紛れだから、願っても叶えて貰えないし、願いが思い通りに叶うかは奴の気分次第。はっきり言って願わない方が良い事もある」

「なる、ほど…?」

ユージンの言葉に対して曖昧に頷いた唯の頭に、一つ閃くものがあった。
それから唯の行動は早かった。
大きな窓を力いっぱい押し開けると、バルコニーから身を乗り出した。

「ちょっと、サタン!!私をここに連れてきたのはアンタね?!私が願ったのはサタンじゃなくてサンタよ!サ・ン・タ!」

唯の声が届いたのか、サタンは手綱を引いて宙で止まってバルコニーへと顔を向けた。

「それにねぇ、素敵な出会いって願ったのに、何で会ったのが2頭身なわけ?!信じらんない!!!!いいから!私を元の場所に戻しなさいよ!!!!」

ギャーギャーと叫ぶ唯に向かってサタンはにっこりと笑みを向けると、グっと親指を突き出した。

「ちょっ、グッドラックじゃないっての!だぁぁぁ!行くな、私を元に戻せぇぇぇぇぇぇぇ」

叫ぶ唯を尻目に、ガランガランと音を立てながら颯爽とサタンは空を駆けていった。

「ありえない」

ガクリと項垂れて、手すりに額を押し付けた。

「別に、このままここに留まったらいいだろうが」

「黙れ、2頭身」

いつのまにか背後で成り行きを見守っていたユージンが声をかけると、振り返った唯はギロリと睨み付けた。

「さっきから人のことを2頭身て。ユージンて名があるのだが?」

「んなこた分かってるわよ」

尚も睨み付ける唯にため息をつく。
翼を羽ばたかせて唯の顔の前まで来ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「とりあえず、2頭身じゃなければいいわけだ?」

「はぁ?…ちょっ」

スっと近寄ってきた小さな顔に、唇を塞がれて反射的に目を閉じる。
両肩を捕まれてたまま手すりに押し付けられ、身動きが取れない。
2頭身の癖に妙に力強い。
押し返そうとするが、ビクともしない身体から抜け出そうと身を捩ってみるが、それもかなわず。
生暖かい感触が唇に感じて、ビックリして目を開けた。

「えっ?!どぁぁぁぁぁ!!!」

まさしく、火事場の馬鹿力ってやつだろう。
おもいっきりユージンを突き飛ばすと、口元を押さえた。

「え、あ、えぇ?!」

目の前に居たのは2頭身、ではなく8頭身の男。
驚いて目を見開いた唯を見遣って、ニヤリと口元を歪めた。

「2頭身じゃなければいいんだろう?」

そういう男は、ユージンと同じ黒い髪に金の瞳。それから背中に生える黒い翼。


も、もしかして、もしかしなくってもユージン?!


驚きのあまりに声がでずにジっとユージンを見つめる唯に、ゆっくりと近寄る。
再び口付けしようとしたとき、『ポン』と音がして元の2頭身に戻ってしまった。

「チッ時間切れか。貰った生気が少なすぎたな」

舌打ちしたユージンは、踵を返してソファへと戻っていく。
唯も慌てて後に続いた。

「ちょ、待ってよ。何今の?変身の術とか?!」

「まぁ、とりあえず座って茶でも飲め」

言われて、ありえない出来事の連続に喉が渇いている事に気づく。
とりあえず前に座ってお茶を一口飲んだ。

「変身じゃなくて、あれが本来の姿。少し生気を分けてもらっただけだから、あんな短い時間しか戻れなかったがな。…そうだ。お前、名は?」

「唯、だけど…って生気って、私から?!ちょっと、勝手に取らないでよ!」

「別に、死にはしない。飯食って寝れば元に戻る」

「そ、そうなの?…よかった」

ホッと息を吐いて、ソファへ背中を預けると、ふと疑問が湧いてきた。

「何で、2頭身なわけ?まぁ、人形みたいで可愛いけど。あ、呪いか何か?…魔王が呪いとかってのも変な話か」

と、質問した割にはブツブツ言っている唯に苦笑いを向けると、一息吐いて口を開いた。

「勇者と戦って、魔力が足りないんだ。こっちの姿の方が早く溜まりやすいんでな」

「勇者とって、やっぱ野望は世界征服なわけ?」

キスはされたが、ユージンが唯を乱暴に扱うことはしなそうだと唯は決め付けて、冗談めかしてそんな言葉を口にする。

「まさか。誰がそんな面倒なことするか」

あっさりと返ってきた言葉に幾分拍子抜けする。

「だって、魔王っていったら世界征服っつーのが世の中の王道じゃない?んで、勇者がそんな事させるかー!的に魔王と戦うって感じで」

「魔王っつっても、単なる魔国っていう名前の国の王だから魔王なんだぞ。人間以外の魔が属している国だから、魔国。自分の国ですら大変だって言うのに、何で世界征服なんかしなければいけないんだ」

「じゃぁ、何で勇者なんてのと戦ってるのよ。手先の魔物使って悪さしてるんじゃないの?」

「悪さしている魔物もいるが、人間にだって、盗賊やら何やらと悪い奴はいるだろう?それと変わらん。そういうのを捕らえたら勿論、法に則った裁きがある。魔か人間か。それだけの差だ。勇者が来るのは、土地を返せ、と言って来ているからだ」

「じゃ、やっぱり」

「いい加減そこから離れろ」

うんざりしたような声と態度をあらわにして、溜息を吐き出した。

「確かに、この国の土地は元々人間が統治していた場所だ。魔国なんてものは存在していなかった。だが、世界中に魔が何の規律もなく存在するのは、人間にとっても、一部を除いた魔にとっても都合が悪かった。だから、土地の一部を貰いうけ魔国が作られた。その時に一番強かった魔族を王としてな。だが、今になってこの世界の大国の王が、この国は元々自国のものだった。だから自分の国が統治する、と言い出したんだ。その使者が勇者。断ったら俺を倒して力ずくで…と、まぁそんな流れだな」

「はぁ、なるほど?」

分かったような、分からないような。
そんな返事をして頷いた。

「とりあえず、帰り方も分からないからこのままここに滞在しても?」

「好きに過ごして構わないぞ。まぁ、また暫くしたら自国に戻った勇者が来るだろうし、それと一緒に行きたいなら勝手にどうぞ」

そう言って、魔王はソファから降りるとチマチマと歩いて部屋から出て行った。


ま、全部話を信用したわけじゃないんだけど。
私をどうこうするつもりはないみたいだし?
もしもそうなら、倒れている私をわざわざ部屋に運んだりとかしないものね。
それに、さっきの元の姿。結構いい男だったじゃない?
勇者が来るか、元の姿に戻った状態で居られるようになるか、それまでここで過ごすの悪くないかも。
それに、このお茶。凄く美味しいしねぇ。


唯はニンマリとして、ティカップの中身を飲み干した。








唯が来てから一ヶ月。
2頭身だったユージンは、3頭身4頭身と徐々に大きくなっていき、ついには元の姿を保っていられるようになって数日過ぎたところだ

好きだとか言ってもいないし、言われてもいない。
だけど、何となくキスをするような仲に二人は進展していた。

「ん…」

いつものように、腰を抱かれて繰り返されるキスにうっとりとなる。
薄く目を開ければ、端整な顔。


このままここに居ても良いかも。


なんて事を考えていたりする。




「魔王様。勇者が来ましたが、如何なさいますか?」

ある日の事、そんな事を家臣が口にした。
ユージンはちらりと唯に視線を投げた後、頷いた。

「謁見室に通せ」

家臣が部屋から出て行くと、今度こそ完全に唯の方を向いた。

「唯、お前も来い」

「え?何で」

「何でって、最初にそういう話をしたろう?勇者と共に行きたいのであればそうしろと。まずは会ってみたらいい」

なるほど。と納得して。
部屋を出て行くユージンの後に付いて行った。
一般人の入り口とは正反対の場所にある扉。
玉座に近いその場所からカーテンに隠れて勇者一行を観察する。
もちろん、ユージンは玉座へと向かって行く。


あれが、勇者?


玉座から階段の下に並んで立っている5人組。
ゲームみたいに女性が居たりとか、そんな事はない。
いかにも鍛えていますといった感じの男5人だ。
一歩前に出て立っているのが恐らく勇者なのだろうという事が辛うじて分かる。


なんていうか、どれも好みじゃない。


唯の感想はそれだった。

隠れたまま話を聞いていると、どんどんと雲行きが怪しくなっていっている。
一ヶ月前にユージンが話した通りの展開になっているのだ。


何ていうか、外交も何もあったもんじゃないわね。
どうせ力にものを言わせるなら、軍でもよこしたほうが良いんじゃないの?勇者ってあれかしら。単なる捨て駒?


そんな事を考えていると、勇者一行が剣の柄に手をかけた。
唯は咄嗟に隠れている場所から玉座へと駆け寄った。

「ちょぉっと待ったぁ!」

思わぬ乱入に、勇者一行もユージンも目を丸くして唯を凝視する。

「許しの、女神?」
「何で此処に」

そんな言葉が勇者一行の口々から漏れる。

「行き倒れてたところを助けてもらったの。何か文句でも?」

別に誰も文句を言っているわけではないのだが。
唯は腰に手を宛てて胸を張った。

「あのさぁ、勇者様?考えた事あるかなぁ?もしもこの国が人間の統治下になったとして、その時ちゃんと王様が治められるのか。ってね。私思うわけよ。この国がちゃんと国として機能しているのは、魔族であるユージンが治めているからで、人間がトップになったら反乱とか絶対起きるだろうなぁって。どう考えたって、個人の戦闘能力は魔物の方が上だもの。反乱なんてされたら、ひとたまりもないんじゃない?」

唯がそう言うと、勇者は考え込むように口元に手をあてた。

「それにさ、一度お断りされたにもかかわらず、また此処に来るように王様に言われたんでしょ?しかも、武力行使もいいわけだ。そうなったら普通、軍隊出さない?軍隊も出さずに秘密裏に行動しているみたいで、公的な話ってより王様の私欲だったりしてね?」

いや、あ、しかし。
そんな事を口にして、勇者は黙り込んでしまった。
それに更に追い討ちを掛けるように、唯は口を開いた。

「なんかさぁ、勇者様達って、王様の捨て駒みたい。たった5人でこの城に乗り込んできてさ。国民の為に王様があるんであって、王様の為に国民があるんじゃないよ?一度戻って王様について色々考えたほうがいいんじゃない?」





「一緒に行かなくて良かったのか?」

謁見室から私室に戻ってくると、ユージンが口を開いた。

「だって、彼らよりユージンの方が断然好みなんだもん」

クスクスと笑って言うと、力強く抱きしめられた。

「ま、飽きるまで此処に居ればいい」

「言われなくったって、飽きるまで此処に居るわよ」

ユージンの背に手を回して、慣れた彼の胸に頬を寄せて目を閉じた。


ま、こんな出会いも悪くないか。相手は人間じゃないし、自分の世界じゃないけど。
ちょっとだけ、此処に連れて来たサタンに感謝してやろうじゃない?ちょっとだけ、ね。



その後1年経って、魔国の王が人間と結婚した話と、人間の国の王が内乱にあい代替わりしたという話が世界を巡った。


ガランガランと音を立てて空を翔るソリ。
手綱を握る彼はその話にニヤリと笑みを浮かべて親指を立てた。
今年も彼は、どこかで気まぐれに誰かの願いを叶えている。
願いが叶うかどうかは、彼の気分次第。