新入生が入学してきて、少し経った頃。
帰りのHRで担任が生徒に告げた。

「明日は、レクレーションがあるから教科書等は持って来なくていい。体操着は忘れずに持ってくる事。詳しい事は明日説明があるから早目の登校を心がけるように。以上」

 

次の日、一年生が教室に来ると、それぞれの机の上にプリントと自分の名前の刺繍が施されているハチマキが置いてあった。

「えー?何コレ」

「先生が言ってた詳しい説明ってコレ?」

各々言葉を漏らしながらプリントへと目を通す。

春のレクレーション大会

・鬼に捕まらないように隠れるもよし、逃げるもよし。敷地内全ての使用可
・ハチマキを身体につけ、鬼では無い事を証明すること
・鬼に捕まったら学年、クラス、名前を言ってハチマキを渡すこと
・鬼に捕まった時点で鬼となって捕まえる側となる
・鬼として奪ったハチマキは机、ロッカーなどに置いて身体にハチマキを付けていない状態にすること
・校舎内では全力疾走しないこと
・前半戦9時ー11時。12時になったら鬼は捕まえた人の名前を生徒会へ報告
・後半戦13時ー15時。15時になった時点で生き残っていた者を勝ちとする
・レクレーションが終わったら、ハチマキを各自持ち主に返しに行くこと

以上

 

 

 

「つまり・・・鬼ごっこ・・・か?」

「そうなんじゃねぇの?」

一年生がプリントを見ている頃、既に他の学年では体操着に着替え逃げる準備万端だった。
どこに隠れるか、どうやって鬼を出し抜くかなどそれぞれ話している。

 

―――ピーンポーンパーンポーン

『全校生徒の皆さん、おはようございます。生徒会長の桐嶋です。今日は毎年恒例のレクレーション大会。新入生の皆さんはもう机にあるプリントを読みましたでしょうか。読んでの通り、レクレーション大会とは鬼ごっこ。鬼に捕まらないように逃げるという単純なものです。最初は生徒会のメンバーが鬼になり捕まえて鬼を増やしていくので掴まらないように頑張ってください。先輩、後輩全く関係ないので、鬼になったらバシバシ捕まえて下さい!尚、最後まで見事逃げ切った人には、食堂の定食半額一年パスポートをプレゼントするので是非頑張って下さい。鬼になっても問題なし!一番多く捕まえた人にも半額券をプレゼントするのでこっちも頑張って下さいね!またパスポートを貰った生徒のクラスには得点が追加されます。これは1年が終わるときに総合成績として発表されますので、そちらもお楽しみに!9時になったら鬼である生徒会メンバーが動き出しますので、残り15分。学校敷地内の好きなところに逃げてください。それでは、皆さんの幸運を祈ります。くれぐれも怪我の無いように。』

レクレーション大会。それは新入生が入学して少し経ったこの時期に、生徒会主催の元に毎年行われているものである。

広い敷地内を回る機会があるのも新入生にとってこれが初めてである。
校内の何処に何があるか少しは覚えられるだろうという目論みもあったりする。

 

******

「ねー、葵ちゃん。これって、ただ逃げればいいの?」

「あら、そう言えばひなたは去年転校して来てこの行事の時は休んでいたわね。鬼に捕まらないように隠れたり逃げたりすればいいのよ」

「ふぅん、そっかぁ。ところで、葵ちゃんは体操着に着替えないの?」

周りが体操着に着替えている中、葵だけは制服のままだ。

「えぇ。私は取材班だから。来月にはこの行事を記事にして学校中に貼り出すのよ」

そう言って、葵は『取材班』と書かれた腕章を取り出すと腕にはめた。

「そっかぁ」

「あ、ひなたもう少しで時間になるわよ。行かなくていいの?」

葵に言われて周りを見渡すと、数人の生徒が教室に残っているだけとなっている。

「うん。どこかに隠れてくるー!」

そう言ってひなたは元気良く教室を飛び出して行った。

「結構逃げ切るの難しいのよね。ひなたはどれれ位の間逃げていられるかしら?」

ふふふ、と笑みを零して葵もまた新聞部の部室に向かうために教室を出て行った。

 

******

「海斗は今年も逃げる気なし?」

「あぁ、面倒だし」

制服のまま教室を出て行こうとしている海斗に対して、準備運動までしている透は実に対照的だ。

「いつものところに居るんでしょ?後で行くから」

「今鉢巻渡したって構わないけど?」

そう言う海斗に透は人差し指を立ててチチチと指を左右に振ってみせる。

「まだ俺鬼じゃないもんね。ルールはきっちり守ってこそ楽しめるってもんだよ」

「そ。ま、頑張れ」

「おうよ!んじゃなー!!」

ブンブンと手を振って、廊下を走り出した透を見送ると、ゆっくりとした足取りで目的の場所へと向かって歩き出した。

 

******

 

「修二くーん、早く起きないと時間になっちゃうよ??」

既に人が居なくなった教室。
いつまでも机に伏せていて起きない修二の肩を南絵は揺らした。

「ん?・・・あぁ・・・眠い・・・」

顔を上げるが眠そうに目が半分閉じた状態だ。

「えー?じゃぁ、私隠れてくるね?」

「あぁ、気をつけてな。何処へ行くんだ?」

「太郎君の箱の中!」

にっこりと笑う南絵に力なくヒラヒラと手を振ると再度机に伏せる。
南絵は修二の髪をクシャクシャと撫でると、元気良く扉から出て行った。

教室には修二一人だけとなった。

9時まで後5分。

 

******

「隠れるならあそこが良い場所じゃない?なんてったって、内側から鍵掛けられるし・・・」

ムフフ。と含み笑いを漏らしながら、かなえはとある場所へと向かっていた。

教室とは別の校舎、職員室等がある場所。

「これで半額券は私のもの・・・って、あれ?開かない」

国語準備室の扉を開けようと手をかけたが、力を入れてもガタガタと扉が鳴るだけで開かない。鍵が掛かっているのだから当然だが。

「うっそ!葛岡先生居ないわけ?!」

ガンガンと扉を叩くが、人が居る気配はない。

「私の計画が・・・もしかして、あそこに居るのかな?」

時計を見ると後2分。
慌てて目的の場所へと走っていった。

 

******

「うーん、良い隠れ場だと思ったんだけどなぁ・・・」

屋上と校舎内を繋ぐ扉の上、貯水タンクがある場所を見上げながら呟く。
壁に上へと上るための梯子が付いているが、途中で途切れている。
背の大きい人が何とか届くくらいの高さ。ひなたに至ってはジャンプしても一番下の棒にすら届かなかった。届いたところで、腕の力で身体を持ち上げなければならないのだが。

「今から別の場所に移るのも・・・間に合わないよね・・・」

恨めしそうに高い位置にある梯子を見つめる。

「こんな事なら、葵ちゃんにお勧めの隠れ場所聞いておくんだったなぁ・・・っキャァ!」

不意に身体を襲う浮遊感。
誰かに抱き上げられ、その人物へと視線を移した。

「か、海斗君!」

「早く梯子に掴まれ。上に行きたいんだろ?」

「あっ、うん」

慌てて梯子を掴むと、海斗が身体を押し上げる。
足も梯子にかかり、何とか上へと登る事が出来た。

海斗も軽くジャンプして梯子を掴むと、壁に足をかけ腕の力で難なく梯子を登った。

貯水タンクに背中を預けてコンクリへ座った海斗の隣に腰を下ろす。

「ここなら見つからないかなぁ?」

「いや、速攻で鉢巻持っていかれるぞ」

「えぇ?!なんでぇ??」

登り難い場所なだけに見つかり難いと思っていた。それなのに海斗は間髪居れずに否定の言葉を返してきた。驚いたように目を見開いて、海斗を食い入るように見つめる。

「透が俺の鉢巻取りに来るからな。一緒に持っていかれるだろ」

「透君が?」

「あぁ」

海斗は頷くと、柔らかく吹く春風に誘われるように瞳を閉じた。
つられてひなたも瞳を閉じる。
他の場所へ移動する時間がないのだから、大人しくハチマキを透へ渡そうと思ったのだった。

******

9時まで後数十秒。

透はとある扉の前の廊下で壁に背を預けて立っていた。

「そろそろ、出てくるかな」

腕時計に目をやってそう呟いた時、目の前の扉が開いた。

「お、透。また今年もその作戦?」

扉から出てきた人物は窓際に居た透が視界に入り、笑って手を上げた。

「まぁね。鬼側の半額チケットは俺のモノ?」

「それは終わってみなきゃ分からないと思うけどな」

「生き残るのがいかに難しいか皆分かってないからねー。掴まらないようにしている時間のロスは大きいよ?ってな訳で、はい。ハチマキ渡しとく」

透がハチマキを差し出した瞬間、9時を告げるチャイムが鳴り響いた。

「時間ピッタリ。まぁ、頑張ってよ。あんまり生き残りが居ると、食堂のおばちゃんが泣いちゃうからね」

冗談ぽく言って笑いながら透のハチマキを受け取る。

「じゃぁ、皆。作戦通りそれぞれの場所へ行こうか」

部屋の中へ声を掛けると、中から数人出てきた。
鬼である生徒会のメンバーだ。

透は初めから逃げるつもりは無かった。段々と鬼の人数が増えていくこのゲーム。最後まで生き残るのは結構難しい。だったら初めから鬼になって沢山の人を捕まえてやろうという魂胆だ。逃げるだけがこのゲームの楽しみでは無いという事だろう。

「あ、そうだ。桐嶋、屋上の鍵って生徒会にあったっけ?」

「あぁ、屋上は生徒会でも持ってるけど、なんで?」

「ほら、この騒ぎで危険な事があったらまずいじゃん?だから行ったついでに鍵閉めてこようかと思って」

「なるほど。じゃぁ任せようかな」

「サンキュ。んじゃ、またなー」

生徒会のメンバーの一人が持ってきた鍵を貰うと、屋上へと向かって走り出した。

 

「まずは、第一号のハチマキをっと」

屋上に来た透は、思い切りジャンプして梯子に掴まると、貯水タンクのある場所に登って行く。

「海斗ー、ハチマキ取りにきたよ・・・って、ぁれ?」

座って目を閉じる海斗の隣で、同じく目を閉じているひなたが目に入った。
二人が一緒に居るとは思わなかった透は、驚いて瞬きを繰り返す。

二人の横にしゃがみ込んで目の前で手を振ってみるが、目を開ける様子は無い。完全に寝入っているようだ。

「仲のよろしい事で〜♪」

楽しそうに呟くと、起こさないようにそっと首に掛かっているハチマキを抜き取る。

その場から飛び降りると、念のため他に人が居ないか見回る。
誰も居ないのを確認すると、校舎に入って鍵を掛けた。

屋上の扉は普通の家の鍵と逆側についている。
校舎内側に鍵穴があり、屋上側から手で開けられるようになっている。
万が一火災とかがあった場合、外から来た消防隊員が鍵を開けられるような作りになっているのだ。

そうは言っても学生が居る時間帯はよほどの事が無い限りは屋上は開放されているのだから、使用する機会は殆ど無さそうだが。

二人が起きたとしても鍵は屋上側から開けられる。
気にする事無く施錠が出来るのだった。

 

******

目的の場所まで後少しというところで始まりのチャイムが鳴り響いた。

「やっば!9時になっちゃったよ」

かなえは僅かにスピードを上げる。
幸い今居る場所は生徒会室からは離れている。
鬼に出くわす前に辿り着けるだろうとは分かっているが、自然速くなってしまうのはどうしようもなかった。

「はぁ・・・はぁ・・・疲れた・・・これも、あそこに居なかった葛岡先生のせいだ。あてにしてたのに」

恨み言をブツブツ言いながら、目的の場所に辿り着くと、扉にある張り紙を見遣った。

『レクレーションの目的で来た生徒は、一度ノックする事。保健室では静かにする事。守れなかったやつは・・・』

「ちょっ、何で此処で終わってるわけ?!守れなかったやつは・・・?こわっ」

守れなかった人にはどんな事をするのだろうか?具体的に書いていないせいで想像だけが膨らむ。恐らくそれを狙っての事だろう。鬼ごっこに夢中になって張り紙に気づかない人も多いに違いない。

かなえは息を整えるとコンコンと扉を叩いた。
程なくして中から聞こえて来た直哉の声に静かに扉を開いた。

「遠山せんせー、オハヨウゴザイマス」

「おー、篠崎。まぁ、適当に座れよ」

言われて丸椅子に座る。

「篠崎は隠れないわけ?」

「いやー、ホントは国語準備室に匿って貰おうかなぁ・・・なんて思ってたんですけど・・・あてが外れました。此処で匿って貰えます?」

「んー、まぁ考えてやってもいいが、ベッドで寝てるやつに聞いてみたら?煩くしたら怖いぞ?」

直哉の言葉に『やっぱり此処だったか』と心の中で呟いた。

「もしかして・・・扉の張り紙って・・・」

「あぁ、ヤツだよ」

ククっと可笑しそうにする直哉を横目にしながら、「こわっ」と再度呟く。
ベッドへとそっと近寄るとカーテンの隙間から中を覗いた。

そこには予想していた通りの人物が寝ていた。

こうして寝てれば天使だね。口を開けば悪魔だけど・・・

起きないのを良い事に、ベッドサイドまで近寄って顔を覗き込む。
その瞬間、寝ていた人物―京介―の目がうっすらと開いた。

「あ、起きた・・・うひゃぁっ」

あっと言う間にかなえは京介に抱きこまれてしまった。

「と、遠山センセー助けてぇぇぇ」

「・・・煩い、静かにしろよ」

事の元凶が抑揚の無い声で呟く。
ヒィッ・・・と喉の奥を鳴らして反射的にかなえの身体が硬直する。

「そうされてる間は匿ってやるよ。んじゃ、お休み」

ニヤニヤと笑いながらカーテンを閉めた直哉に恨めしそうな視線を送る。

『鬼っ!悪魔ーーーーーーーーーー!!!!!!!』

今大声を出したらどんな報復があるかと思うと怖くて声は出せないが、心の中で直哉に思い切り罵声を浴びせるのであった。

 

******

スタートしてから一時間が経過した頃。
相変わらず修二は机に伏せて寝ていた。

早々に鬼に捕まってしまった人が教室を通るが、寝ている人物が修二だと分かると皆避けて他へと移動していく。
その為逃げも隠れもしていないにも関わらず、修二はまだハチマキを持ったままだった。
と、そこへ何も知らない一年生が一人教室へと入ってきた。
当然修二のハチマキを狙ってだ。

「こんな場で寝てるなんて、馬鹿じゃねぇの?」

そう呟きながら修二へと近づく。

「おい」

ゆさゆさと修二の肩を揺さぶる。
入学して間もないというのになんとも横柄な言い方。
とは言っても、後輩の口調など気にする生徒はこの学園にはあまり居ないが。

何度か揺さぶった時、修二がゆっくりと顔を上げた。
眉間には皺が寄り、目も据わっている。
そして目の下にくっきりと色濃くある隈が人相の悪さを増長させていた。

「ッ?!」

一年生はその人相の悪さにビクっと肩を揺らして反射的に肩に置いていた手を離す。

「し、失礼しました・・・」

そう言って、一年生はスゴスゴと退散していった。

修二に至っては一年生の登場に全く興味がないと言った風で、再び眠りに落ちていった。

その頃、南絵は。

人体模型―太郎君―が入っていた箱に入っていたが、暗闇の中いつしか眠ってしまっていた。
何人が特別棟に来る生徒はいたが、理科準備室の暗闇の中ボウっと浮かんでいる人体模型をと目が合って中に入って来なかった。
冷静になって考えれば人体模型が外に出ているという事は元々入っていた箱は空という事が分かるだろうが、何故か誰も確かめようとはしなかった。

 

******

葵は新聞のネタ探しに構内をうろついていた。

全力疾走はしていないが、鬼に追いかけられて走っている生徒とすれ違う。

「元気ねぇ」

その後姿を見送りながら、呟く。
ふと、校庭から雄たけびが聞こえてきて、窓から顔を出して校庭を見下ろした。

そこには逃げる生徒と追う生徒の姿が。

逃げる側の方が足が速いらしく、徐々にその差は広がっていった。

「うおおおお!!!!!そこの一年生!!!!その足を是非、我が陸上部にぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!」

よくよく目を凝らしてみると、追いかけているのは陸上部の部長だ。
叫んでいたのはどうやら部活勧誘をしているらしい。

一年生と上級生が接触するこの機会に色々な部活が勧誘をしている。
一年生だと分かれば興味がありそうであるかどうかなどお構いなしに声を掛けまくる。
ここで掴まって部活に入る一年生も少なくない。
レクレーションのもう一つの目的がこれであった。

「あら・・・可哀想に。あの一年生、明日からきっと陸上部で見かけることになるわね・・・」

逃げ切れば問題はないだろうが、追いかけている陸上部部長は長距離ランナーだ。
体力の差でいつかは掴まってしまうだろうと葵は予想した。

「さって、生徒会のメンバーでも捕まえてインタビューでもしてこようかな。鬼も増えたから何人か生徒会室に戻ってる頃だろうし」

葵は窓を閉めると生徒会室へと向かって歩き出した。

******

前半戦終了まで後30分といったところで、眠っていた修二は校内の喧騒に目を覚ました。
2時間半経過ともなれば鬼も増え、校内も騒がしくなってくるというもの。
半ばぼやけた頭で廊下を走っていく生徒をぼんやりと見ていると、教室に連が入ってきた。

「お、修二お目覚め?」

「・・・あぁ」

気だるげに頷く修二に近寄って、にこにこと手を差し出す。

「何?」

意味が分からないと言った風に、差し出された手と連の顔を見比べる。

「何って、ハチマキだよ。まだ持ってるんだろ?」

「あー」

「あー、じゃなくって。早く渡せよ」

そう言う連に、机の上に置きっぱなしになっていたハチマキを渡す。

「お前を放っていたら、寝てるだけで半額券ゲットしちゃいそうだからな。そうは行かないっての。んじゃなー」

軽く手を振って教室を出て行った連の背中を見送ると、修二は椅子から立ち上がった。

そのまま教室を出て行くと、廊下をのんびりと歩いていった。

やって来たのは特別棟。
南絵が隠れているであろう理科準備室だ。

扉を開けると静かに佇む【太郎君】と目が合う。
白く浮かび上がるその姿はやはり不気味なものがあるが、修二はって気にせず中へと入っていく。

【太郎君】の横にある木の箱を開けると、座り込んで眠っている南絵が居た。
背中を預け、首を横に曲げて眠っている。起きたら寝違えていそうな体勢である。

「あれ・・・修二君、おはよぉ」

空気の流れに気づいた南絵が目を覚ます。

「おはよう」

「修二君、鬼?」

「そ、鬼」

「私の事捕まえちゃうの?」

「どうしようか?」

「捕まえちゃやだー」

そういう南絵にクスクスと笑って、しゃがみ込む。

「じゃぁ、見逃してあげようかな」

「うん!修二君大好きー」

嬉しそうに笑って、南絵は立ち上がった。
と、その時。

「おー!南絵と修二さんはっけーん!!!」

その言葉と共に中へと入ってきた金髪の男。

「あ、嵐君」

ニコニコと笑みを浮かべながら二人へと近寄ってくる嵐。

「こんな場に居たとはなー・・・って、修二さんハチマキは?」

「俺はもう鬼側だけど」

「んじゃ、南絵。ハチマキちょうだい?」

「へっ?!」

驚く南絵をよそに、頭に巻いていたハチマキを嵐は奪った。

「サンキュー!」

悪びれた様子も無く嵐は準備室から出て行った。
後に残ったのは、苦笑を漏らす修二と呆然として扉を見つめる南絵の二人。

「・・・普通、先に鬼が居たらハチマキはその人のものじゃないのぉ?」

そうは言っても修二は初めから南絵からハチマキを貰うつもりはなかった。
が、普通に考えればそれが当然の事だろう。

「まぁ、過ぎたことだし・・・鬼側に回るか?」

「ううん、いい。教室に戻る」

南絵、完全に拗ねモード。

これは、放課後にカフェでスウィーツコースかな?

そんな事を修二は思いながら南絵と二人教室に向かった。

 

******

放送委員によってレクレーション用にセットされたチャイムが12時に鳴り響き前半戦の終了を告げた。

その音を聞いて、ひなたは目を覚ました。

「あ、あれ?ハチマキが無いー!!!」

首に掛かっていたハチマキが無い事に気づき、ひなたは驚きの声を上げる。
その声で海斗も目を覚ました。

「・・・あぁ、透が持っていったんだろ。それにしても、良く寝た」

軽く伸びをして海斗は立ち上がった。
難なくそこから飛び降りると、上を見上げる。

「あ、上がったのはいいけど・・・降りられない・・・」

梯子の一番下でひなたは下を見下ろす。
飛び降りられない高さではないが、怖い。

飛び降りるかどうしようか迷っていると、海斗が手を伸ばしてきた。

「手が掛かるやつだな」

「うー、ゴメン」

申し訳無さそうに言うと、足を梯子から外してぶら下がった。
海斗に抱えられると、ストンと地面に降り立った。

「アリガト」

えへへ。と笑うひなたの頭をポンと叩くと、海斗は扉へと向かう。
ノブを捻ると鍵が閉まっている事に気づく。
鍵を回して扉を開けると、校内へと入っていく。

「あ、海斗君・・・午後も此処に来る?」

「あぁ。鬼側で追いかけまわるつもりないから」

「じゃぁ、また私も来ていい?」

「別に構わないけど、登れんの?」

「う゛・・・が、頑張る」

ガッツポーズしてみせるひなたに僅かに笑みを向けて、ひらりと手を振って自分の教室へと戻っていった。

「あ、ひなた。どうだった?」

教室へ戻ると既にお弁当を広げた葵が声を掛けてきた。

「なんか、屋上で寝ちゃってるうちにハチマキなくなってたー」

苦笑いを浮かべながらひなたもお弁当を取り出して、葵の前の席に座る。

「あら。誰が持っていったのか分かる?」

「透君だろうって、海斗君が言ってた」

「海斗が?一緒に居たの?」

「うん」

「仲良しねぇ」

「偶然一緒になったんだよ」

そうは言いながらも嬉しそうにするひなたに微笑を向けた。

 

 

昼休みも後10分といったところで、生徒会より放送が入った。

『皆さん、そろそろ後半戦が始まります。その前に午前の結果をお知らせします。現在生き残っているのは100名ほど。今年は結構頑張ってますねー。午後も頑張って逃げて、追いかけてくださいね。後半戦が終了したら、生き残った方は生徒会に来てください。もちろん生き残りの証であるハチマキと学生証を忘れずにお願いします。結果発表の後学食半額券をお渡しいたします。それでは、再度言いますが怪我の無いように。』

後半のチャイムが鳴る前に既に逃げる側はそれぞれ思い思いの場所に散っていった。
鬼側もチャイムが鳴ると同時に教室を飛び出していったのだった。

 

******

「うう・・・おなかすいた・・・」

保健室のベッドで相変わらず京介に抱きこまれているかなえがうなり声を上げた。
前半終了のチャイムが鳴っても、後半開始のチャイムが鳴っても京介は全く起きる気配が無い。

腕の中から抜け出そうにもガッチリと掴まれていて身動きすら取れない。
流石に、この体勢にも疲れてきた。

いい加減ここから抜け出したい。

そうかなえは決意すると、ペシペシと京介の腕を叩いた。
決意の割には叩く力は非常に弱い。

おっかなびっくり叩いていると、京介が目を覚ました。

「・・・今、何時だ」

「あっ、はいっ、1時過ぎたところですっ」

時間を聞いてようやくかなえを解放すると起き上がる。
かなえはそそくさとカーテンの向こうへと出て行く。

「お、京介起きたのか」

「はい・・・おなかすいた・・・私のお昼・・・」

ギュルギュルと鳴るお腹をかなえはさする。
よほどお腹がすいたのか、眉毛が八の字になっている。

「あー、俺も腹減ったな。購買でも言って来るかな」

そう言いながら京介もカーテンの向こうから出てきた。

「あ、先生!私のも買ってきてください」

「はぁ?何でお前の分も買ってきてやらにゃいけねぇんだよ」

髪をかきあげて、眼鏡を装着しながらかなえを見遣った。

「だって、お昼食べられなかったのは先生のせいなんですよ?今保健室から出て行ったら鬼に捕まっちゃいます」

さも当然と言った風に言うかなえに溜息をこぼす。
すると、話を聞いていた直哉が口を開いた。

「パンなら買ってあるぞ。二人とも食うか?」

机の引き出しから数種類のパンを取り出した。

「気が利くな」

「わーい、先生ありがとー」

二人とも出されたパンの袋を破って食べ始めた。

「一個200円な?」

笑いながら手を差し出す直哉。

「たけぇよ」

その手をベシっと京介は叩いた。

 

暫く三人で他愛も無い話をしていると、コンコンと保健室の扉が叩かれた。

かなえはその音に慌ててベッドのあるカーテンの向こうへと姿を隠す。

「はい、どうぞ?」

直哉が声を掛けると、一人の男子生徒が姿を現した。

「失礼します。遠山先生、お忙しいところすみません」

「いや、別に構わないよ。怪我でもしたか?」

妙に礼儀正しいその生徒に笑みを浮かべる。
京介も邪魔かと思い椅子から立ち上がる。

「いえ。ここに隠れている人は居ないかと思いまして」

その言葉に直哉と京介は顔を見合わせた。
そしてニヤリと笑みを交し合う。

「そこに隠れているぜ?」
「そこに隠れていますよ?」

ベッドのあるカーテンを指差しながら、二人は見事にハモる。

「ありがとうございます」

一礼すると、ベッドのカーテンを開ける。
そこには言わずもがな、かなえが隠れていた。

「あれ?篠崎じゃん」

二人への言葉とは打って変わって至ってフランクな喋り方。
どうやらかなえとは知り合いのようだ。

「き、き・・・桐嶋君」

「いやぁ、残念だったね?折角この時間まで逃げられてたのに。はい。ハチマキ渡して」

にっこりと有無を言わさない言い方で、手を差し出す。
ギギギと音がしそうなくらいにぎこちなく、かなえはハチマキを差し出した。

「桐嶋君は沢山ハチマキとっても半額券もらえないし、午後になってまで頑張ることないじゃん!」

「今年は生き残りが多くてね。なるべく減らさないと食堂のおばちゃんが泣いちゃうから。じゃぁな」

そう言うと、桐嶋生徒会長は教師二人に会釈をして保健室から出て行った。
かなえは呆然と後姿を見送った後、はっと我に返った。

「二人とも、何でばらしちゃうんですかーーー!!!!!!!」

キャンキャンと二人に噛み付く勢いで詰め寄る。

「俺は言ったぜ?京介に抱えられてる間は匿ってやる、と。京介を起こしたのは他でもない。篠崎だろ?」

「う゛っ」

確かにそうだった。
ある意味正論を疲れかなえはガクリと肩を落とす。
だが、諦めの悪いかなえは更に京介に詰め寄る。

「匿ってやるなんて約束してないし?てか、他力本願はいけないよなぁ?本来なら、見つかった時点で走って逃げりゃ良かったんじゃねぇの?そういうルールだろ」

「う゛っ」

「まぁ、掴まっちまったもんはしょうがねぇだろ?」

「いや、だから・・・二人が黙っていれば掴まらなかったわけで・・・なんでばらしちゃうんですかぁ・・・」

いつまでもグチグチと言っているかなえに、直哉と京介はニヤリと笑みを向けた。

『そっちの方が面白そうだから』

またもハモる二人にかなえ、絶句。

「このっ鬼!!!!!!悪魔ーーーーーーー!!!!!!!!」

かなえの絶叫がこだましたのであった。

 

******

それから、後半の終了のチャイムが鳴り、程なくして生徒会から結果発表が放送された。
最後まで生き残った生徒は5人。思ったより少ないとでも言うべきか、案外多いとでも言うべきか。

その内の一人は、見つかることを懸念して最初から最後までお昼も取らずに同じ場所に隠れ続けていたらしい。
その場所とは理事長室。
頼み込んでずっと居させてもらったとか。おまけにお茶まで出してもらったという。
流石に鬼側も理事長室まで探そうとはしなかったようだ。

鬼側の優秀者は、透の作戦勝ち。
二年の時に続いて二回目の半額券をゲットしたのであった。

こうして年に一度のレクレーション大会は幕を閉じる事となる。
だがクラス対抗の一年間のポイント獲得合戦はここからが始まりなのだった。
最後に優勝するクラスはどこなのか。今の時点ではまだ知るよしもない。