yes,my master 屋敷へ戻るとヴラドはジルを探した。 「あ、ヴラド様。リンネ様はいらっしゃいましたか?」 部屋から出てきたジルは、向かってくるヴラドに気付くと笑みを浮かべて声をかけた。 「いや、居ない。バスケットは丘の上にあったんだが全く姿が見えねぇんだ。嫌な予感がする。ジル、お前探索能力に長けていたよな?悪いが至急リンネの居場所を探してくれ」 「分かりました」 直ぐに元の表情に戻ると、自室へと再び戻った。 リンネの探索を始めてから数分経った頃。 「・・・おかしいですね・・・」 ジルがポツリと呟いた。 「あぁ」 独り言のような呟きにヴラドも頷く。 「リンネ様みたいに白い魔力を持っている者はは今現在ここには居ません。他と違って探しやすいはずです。それなのに見つけられないと言う事は・・・」 「誰かに捕まってる可能性が高い、か」 「或いは・・・」 「その可能性は無い」 ジルが言おうとした事をヴラドは遮る。 「リンネは俺が居る限り死なないからな」 「そう言えば、そんな事を仰っていましたね」 ジルは地獄の門からリンネが出てきた時のことを思い出した。 「あぁ。だから誰かが意図的にリンネの気配を消しているとしか考えられない。ジル、リンネを探している時にどこか気になる場所は無かったか?」 「そう・・・ですねぇ・・・」 ジルは地図に視線を落として、口元に手を当てる。 「ここ。ここ一帯だけが何も無いように感じました」 「何も無い?それはどういう事だ」 「えぇ、ですから何も無いんです。魔力を纏うモノ全てが」 「ふぅん、怪しいな。見たところ、荒野って訳じゃなさそうだが・・・そこには何があるんだ?」 「ここ一帯は一族の集落の一つがある場所ですが・・・あぁ、リズさんが住んで居ますね」 ヴラドはジルの言葉を聞いて溜息を付きながら立ち上がった。 「ヴラド様、どこへ?」 「どこへって、リンネを迎えに行くに決まってるだろ?」 「ですが、そこだって決まった訳ではありませんよ?」 「そこに居るに決まってる。リズは、アスヴェルの恋人だからな」 アスヴェル。その言葉を聞いてジルは息を呑んだ。 「リズの家はここから北東・・・約8000てところか」 呟くと、頭の中にその場所を思い描く。 「私も行きます」 背後から声が掛けられる。 「いや、俺一人で十分だ。お前はまだやる仕事が残ってるだろ?そっちを片付けておけよ」 「しかし!」 「二度も言わせるな。必要ない」 冷たい響きを持つ声でそう告げると、部屋から出て行った。 ヴラドの声にジルはゾクリと背筋が震えるのを感じた。 今のところヴラドに殺気は見られない。 「リズさんがアスヴェルさんの恋人とは知りませんでしたね・・・」 アスヴェルはヴラドの次に一族で実力のある人物だ。 問題はアスヴェルよりもその恋人だ。 アスヴェルが人間界に行っている間、一族での地位を次期党首にしようと躍起になっていると聞いた事がある。 つまりそれはヴラドを次期党首の位置から引きずり下ろすという事。 一つはアスヴェル本人がヴラドと戦ってそれに勝ち、ヴラドよりも実力が上だと示す事。 もう一つはヴラドが党首の変わり目に魔界から居ない事。 最後の一つはヴラドがこの世から居なくなる事。 恐らくリズはその為にリンネを攫ったのだろうとジルは予想する。 「そう言えば、アスヴェルさんが召還されてから次期党首にしようとしていると噂が立ち始めましたね・・・」 ふむ。と口元に手を当ててジルは考える。 「恐らく召還されないため、ですね」 遠い昔、世界は一つだったという。 そして干渉できない世界を結ぶのが『召還』。 呼び出されるものは決まっておらずランダムであり、相手を指定する事は出来ない。 ヴラドの一族では党首とその近しい者一人だけである。 リズは恐らくそれを狙っているのだろう。 元々人間が嫌いだった上に、恋人のアスヴェルを呼び出されてその気持ちが強くなったのではないだろうか。あくまでも想像だが。 「アスヴェルさんと戦った時、ヴラド様とは言え無傷で済むはずが無い。アスヴェルさんがこちらに戻って来た時に恋人に何かあったと知ったら、何があるか分からないですからね・・・何事も無い事を祈ってますよ」
ジルの部屋から出たヴラドは、屋敷の外へ出てきていた。 「リンネ、待ってろ。今そこに行く」 もう一度移動する方向を頭に浮かび上がらせると、ヴラドはその場から姿を消した。
「そろそろ・・・時間かしら」 「リズさん?何か言いました?」 「何でもないわ。リンネさんはワイン飲めるかしら?」 リズは椅子から立ち上がると、扉へと向かう。 「いえ、お酒はちょっと・・・」 その言葉を聞いて、僅かに頷くとリズはキッチンへ向かった。 「ワインは駄目・・・か。アルコールの匂いがすると飲まないかもしれない。効力が弱くなってしまうけれど、これで代用するしかないわね」 グラスにたっぷりと紅い液体を注ぐ。 ポタリ、ポタリと液体の中に数滴リズの血液が落ちる。 棒で液体を混ぜた後、自分用に注いだグラスを持ってリンネの元へと戻った。 「リンネさん、これ出来たばかりの赤葡萄のジュースなの。アルコールは無いから飲んでみてはいかが?」 「あ、ありがとうございます・・・」 リンネはグラスを受け取ったが、それを口に運ぼうとはしなかった。 魔界の事は何も分からないリンネが信用できるのはヴラドから紹介された相手だけだ。 「ふふ。毒なんて入っていないわよ?人間界のものと違った美味しさがあるの。作りたては今の時期しかないから、機会を逃したら一年後になってしまうわ」 そう言いながらリズは葡萄ジュースを一口飲んだ。 「・・・美味しい・・・」 「そうでしょう?まだあるから沢山飲んでね」 にっこりと笑みを浮かべるリズに、リンネも小さく笑みを浮かべて頷いた。
「さて。そろそろ効いてきた頃かしら?」 全てグラスの中身を飲み干してから少し経った頃。リズはテーブルに頬杖を付いて、口元に笑みを浮かべながらリンネを見遣やった。 「効いて・・・って何がですか?」 「リンネさん、私は誰かしら?」 「誰って、リズさんですよね」 突然の問いかけに戸惑う。 「その通りね。でも・・・私はあなたの『マスター』よ。違ったかしら?」 「マスター?・・・リズさん、何を言って・・・いえ、その通りです・・・」 そう言ったリンネの瞳がうっすらと赤みを帯びる。 「そうでしょう?」 「はい」 ぼんやりとした表情で頷くリンネへと近寄った。 「マスターから貴女に一つお願いがあるの」 「はい、何でしょうか?」 「それはね――――」 唇を耳に寄せると、囁くように言葉を発する。 「はい。マスター」 「いい子ね。活躍、期待しているわ」 ふふふ、とリズは笑みを浮かべた。 |